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国王が不在のはずのいま、そこにはひとりの少年が眠っていた。
上等な絹の寝衣をまとってはいるが、その左の肩口からは、戦場の負傷兵の如くに包帯が覗いている。
紺色の髪は短く整えられ、柔らかな枕にぐったりと頭を預けて瞼を閉じているその顔はひと目で判るほどに蒼白く、生気が感じられない。唇からちいさく弱い呼吸が洩れていなければ、死んでいると錯覚しても不思議ではないほどであった。
——やはり、まだお目覚めにはならぬか。
重い溜息をついたウルグが、つとその傍らに目を遣る。
少年のそばに突っ伏し、普段の快活な姿からはかけ離れた憔悴の滲む表情で寝息をたてている、彼の孫娘に。
一瞬、苦笑のかたちに口許を緩めると、彼は緞帳を元どおりに閉じ、扉へと向かう。待っていた彼の副官が、彼の心情を思ってか、遠慮がちに切りだした。
「ティティアさまは……誰か呼んで、部屋へ送らせましょうか」
「いや、いい」
ウルグは頭を横に振る。
「あれも頑固だからな。どうあっても傍にいたいのだろう。……まだ少しの間は、あれの好きにさせてやりたいのだ」
自分の言葉に、おやおやとウルグは心中で苦笑した。
己は存外、孫には甘いのやもしれぬ。真に孫の身を思うなら、好きにさせたりなどせず、おまえはもう自室で寝めと説き伏せるべきなのかもしれない。
——が、彼はそうする気にはなれなかった。
まだ少し。
そう、まだ少しの間は、ティティアの望むままにさせてやりたい。
じきに嵐が来る、それまでの間は。
将軍と副官は口を噤み、部屋をあとにする。
そして、開いたときと同じくひそやかに扉が閉められると、辺りは静寂に包まれた。
現実という嵐がすべてを薙ぎ払うまでの、ひとときの安らかな静寂が。
かくて、フローレス王国は突如、
王の不在という暗雲に覆われた。
その雲の晴れたさきにあるのが、落日か、
それとも払暁かは判らぬままに。
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