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「偉いとか関係あるか! 俺はこいつを護るために——」
「イレーセル!」
はっきりと制止の意思がこもったその声に、思わずイレーセルはその声の主を見た。
ユニスの母、そして先王の第一王妃であったミレーネ。王の妃でありながら、彼を息子と分け隔てなく接してくれる、優しく慈愛に満ちた女性。
だが、今やその儚げな美貌は青ざめ、ユニスと同じ薄水色の瞳は恐怖に見開かれていた。それでもなお、その場から動けない彼を叱咤するかのように、常にない激しい口調で叫ぶ。
「逃げて!」
「……え」
「逃げて、イレーセル!」
「にげ、……ユ、ユニスは」
突然の命令に理解が追いつかない。
自分は、ユニスを、ミレーネさまを守るために、そのために、ここに。
だから、——だから。
「あなたは先へ。はやく!」
「……!」
その言葉を聞いた途端、さ迷っていたイレーセルの瞳が焦点を取り戻した。
もう一度ミレーネを見、その強い眼差しに心を決めると、イレーセルは身を翻す。
「なに、キミ。逃げられると思ってるの?」
嘲笑を含んだカルゼーンの声。
同時に部屋の扉が音を立てて開き、そこから完全武装した城兵の一団がこの晩餐の場へなだれこんでくる。
武器を持たない者に対し、兵士たちの意図は明白だった。
「——っ!」
奥歯をぎり、と噛みしめたイレーセルは、やおらテーブルに足をかけ跳び上がった。そして羽織っていた聖衣を肩の留飾りごと引きちぎると、それを城兵たちに向けて投げつける。
広がった重い聖衣が先頭の数人の視界と動きを遮り、罵声と怒声が飛び交うなか、そこに飛び込んだイレーセルの蹴りが服地越しに兵士の一人を直撃した。
耳障りな金属音とともに幾人かの城兵が将棋倒しになる。
その兵士たちを踏み台に再び跳躍し、繰り出される白刃をすんでのところで躱して、命からがらイレーセルは扉から廊下に転がり出た。
「逃がすな!」
その声に背筋が凍りつく。
ユニスは、ミレーネさまは。
引き返したい未練を振り払うように、イレーセルは背を向け、走りだした。
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