Ⅰ 武器なき侍者

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Ⅰ 武器なき侍者

 山や森が国土の半ば以上を占める緑豊かな国、フローレス王国。  北は海に通じ、それ以外の境は異なる国と接している。  その交通の要衝として重要な位置にあること、そして主な産出品である木材と鉄製品は量のみならず質も良く、高値で取引されることから、この国は穀倉地帯が少なくとも民を養うことが可能となっていた。  地続きの境のうち、南の国境には険しいシェーンヴェルド山脈がそびえ、天然の要害となって国土を護っている。  その山脈に程近い国境の(まち)、ローデリンク。  山々が異国からの侵攻の大半を防いでくれるとはいえ、その山脈すら越えてくる事例も過去にあったため、ローデリンクは周りを街壁が囲む城塞都市となっていた。  有事の際には国境を護る砦となるこの街を治めるのは、王から命を受けた将軍の一人が務める規定(きまり)となっている。  その将軍が居を構える、広壮(こうそう)な館。  まだ早朝というのに、その庭から小気味よい音が響く。 「はっ!」  気合いとともに打ちこまれる少年の拳を、豊かな髭を蓄えた壮年の男が軽く身をひねるだけで躱す。  右、左、右。  少年は連撃ののち、ふいに身を沈めた。 「たあっ!」 「ふん」  にやりと笑うと、男は足首を狙う蹴りを一跳びで()け—— 「うわ!」  少年が転がって距離をとる。  その動作が一瞬遅ければ、男の膝蹴りが少年の頭部を直撃していただろう。 「容赦なさ過ぎだろ! 殺す気かよ、ジイさん!」 「おまえならこのぐらい()けられるだろう。それから何度も言うが(おれ)は『ジイさん』なんぞと呼ばれるほど年寄りではない! (せん)だって六十を過ぎたばかりなのだからな!」 「……充分年寄りだろ。ジジイって言わないだけマシと思ってくれよな」  半眼で悪態をつく少年に、男は無言のまま指で少年の額をびしっ、と弾く。 「ってえ! なんだよ、大体そんな髭めいっぱい生やしてたらジジイにしか見えないっての!」 「何を言うか。この髭こそは(おとこ)の矜持というもの! おまえのような雛児(ひよっこ)にはまだ(わか)るまいて」 「解りたくもないね」
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