Ⅰ 武器なき侍者

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 いつもの()(たく)に少年はうんざりした顔になった。  少年はこの男を格闘術の師匠としては尊敬しているのだが、このこだわりだけは未だに理解できない。  確かに師匠の豊かな髭は立派だとは思うけれど、それは古い時代の風習であり現在(いま)は皆髭を剃るのが普通なので、それが矜持だの誇りだのと言われても一向にとこないのだ。  それとも、師匠くらいの歳になったら解るものなのだろうか。  いや解りたくもないが。 「——ウルグ、イレーセル、おはよう」  両者の不毛な争いを終わらせたのは、その穏やかな声だった。  館からひとりの少年がゆっくりと歩み寄ってくる。  (とし)は手合わせしていた少年——イレーセルと同じ十五歳だが、その身体は細く頼りない印象を受ける。  そして事実、少年は病弱だった。肩で揃えられた水色がかった銀の髪と薄水色(うすみずいろ)の瞳という淡い色の容姿が、その印象をより強めている。 「これは、殿下」  よどみなく臣下の礼をとる男——ウルグと対照的に、イレーセルは急いで立ち上がると少年に駆け寄った。 「ユニス。もう起きて大丈夫なのか?」 「うん。今日は気分がいいから、ちょっと散歩していたんだ」  対等の口調を(とが)めるでもなく、ユニスと呼ばれた少年はふわりと微笑んだ。(おさな)()(じみ)にして侍者(つきびと)の少年に向ける眼差しには混じりけのない信頼がこもっている。 「イレーセルこそ、随分しごかれてたみたいだけど、大丈夫? 無理はしないでね」 「何言ってんだよ。俺はおまえを(まも)るんだから戦えなくちゃだめだろ。それに、俺は無理なんてしてないぜ。このジイさんが勝手に難易度上げてるだけだから」 「くぉらっ、小僧! 全く、口の減らん奴だ」  素早く逃げようとする少年をあっさり捕まえるウルグと、師匠に関節を()められて降参と叫ぶ友人。  そのいつもの光景に、ユニスの顔に困ったような笑みが浮かぶ。
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