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「……ウルグ、そのくらいにしてあげて。そろそろ朝食の時間だと思うし」
「おお、そうですな。何はともあれ、まずは腹ごしらえせねば」
頷いたウルグにようやく解放されたイレーセルは、腕をさすりつつ何やらぶつぶつと呪いの言葉らしきものを呟いていたが、腹の虫の音にそれはひとまず棚上げにしてふたりとともに館へと入った。
着替えのためいったん別れて自室に戻ると、頭の後ろで括っていた髪を下ろす。そして手早く稽古着を脱ぎ、白の短衣とズボンを身につけたところで、次に着るものを見たイレーセルは顔をしかめた。
「これ、重いんだよなあ」
嫌々ながらといった体で、イレーセルはその服——飾り気のない白色の聖衣を羽織り、留飾りで肩口を留める。
服というより外套のようなその意匠自体には特に文句はないのだが、如何せん生地が厚く重いため動きにくい。
膝下まで届く聖衣の裾を形ばかり整えて鏡を見る。
そこには先程までの闊達な少年の姿はなく、代わりに映っていたのはひとりの若い神官だった。
規定に従い伸ばされた癖のない紺色の髪は背中にかかり、同色の——ただし陽光の下では青紫晶の輝きを宿す瞳は聖職者にしては少々やんちゃに過ぎる印象だが、全体ではどうにか落ち着いた雰囲気にまとまっている。
外見だけでは、この少年がついさっきまで白手での格闘稽古をしていたなどとは誰も思わないだろう。
重い聖衣を煩げにさばいてイレーセルは自室を出た。
いつも朝食が用意されている部屋へと歩いていると、侍女が彼を見つけ今日はテラスに用意したことを報せてくる。礼を言ってテラスへ向かうと、そこでもう席に着いていたウルグが破顔した。
「おお、やっと名前に相応しい格好になりおったか」
「いちいちうるさいな。その説教くさいところが年寄りだってんだよ」
イレーセルは再び渋面になる。物心ついたときから言われ続けてきたことなので、もはや怒る気にもなれないが癪に障ることに変わりはない。
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