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〝イレーセル〟
——彼のこの名は元々フローレス国の古語で「思慮深き者」を意味する言葉なのだが、その当人はというと幼い頃から考えるより動くほうが好きな元気で活発な性格の持ち主で、名前のようにあれと何度諭されても容易には直らぬまま現在に至っている。
あまりに言われるのでイレーセル自身もうんざりし改名まで考えたのだが、亡き母御がつけてくれた名前なのだから大事にしろとウルグに一蹴されて終わっていた。
今はもう一生この名前とつきあうしかないと腹を括っているが、だからといって事あるごとに話の種にされるのは堪らない。
「年寄りではないと言っておるだろう」
「そうやって認めないところが既に年寄りの証拠なんだっての」
ふたりの掛け合いに、くっくっと横から含み笑いがかぶさる。
「もう。朝からお祖父さまも、イレーセルも元気ね。——おはよ、イレーセル」
「あ、お早う」
短く応えたイレーセルにまた笑みを零したのは、ウルグの隣で席に着く少女だった。
ウルグの孫娘、ティティアである。
淡い珊瑚のような色の髪を頭の後ろで括り、金茶の瞳をイレーセルに負けず劣らず活き活きときらめかせている彼女は、彼とはひとつ違いの十四歳。
将軍の孫ともなればもう花嫁修業に励んでいてもおかしくない頃だが、早くに両親を亡くし軍人たる祖父の元で育った影響か、上流階級の嗜みよりも武芸を好む活動的な娘で、イレーセルとは暇があれば共に鍛錬する仲だった。
淑女の教養だの刺繍だのより幼馴染と闘技に興じる孫娘に祖父のウルグはさぞかし頭が痛いかと思いきや、手放しでその才をほめ嬉々として己の技を教えているので、近隣の貴族たちからはふたり揃って変わり者だと奇異の目を向けられていた。
しかし幼少のときからティティアと鍛錬やら喧嘩やらで取っ組み合いをしてきたイレーセルにしてみれば、裾を引きずる服を着ておとなしく刺繍をしている彼女など到底想像できず、そんな姿より現実のよく動きよく笑う彼女のほうが百倍ましではないかと思う。
本人にそう言ったことはないけれど。
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