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そうして、南風が吹きだした夕方のこと、ようやく蕾は花ひらきました。薄桃色のかれんな花、桜でした。
なんて美しいのだろう。
かろうじて枝についていた夕吉は、もっともっと永く咲いていられるような気がしてきました。
「顔を見せてくれてありがとうございます。今日の夕焼けは、あなたがいることで何倍もきれいです」
夕吉は、力がわずかなのも忘れて、桜に話しかけます。
桜は、一つだけの紅梅を見ると、哀しげにほほえみました。
「ああ、待っていてくれたのですね。ありがとうございます」
最後の紅梅は夕日のなかで真っ赤に染まりだしました。燃えあがる火のごとく鮮やかでした。
陽が沈むと、紅梅の火を消すように風が吹いてきました。
もう満足した紅梅は春風にのって、くるりくるりと舞いあがりだします。そして、白く輝くまあるい月のほうへと、ゆるやかに飛んでいきました。
おしまい
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