灯油ストーブを焚いて

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灯油ストーブを焚いて

「なにこれ」 「なにって、ストーブ?」  結局雪は降る降る詐欺で降らず、ひたすらに寒い日が続いた。  だから俺は倉庫から勝手にかっぱらってきた灯油ストーブを空き教室に置くことにした。 「今あったかい茶淹れるね。インスタントでよければ味噌汁なんかも出せるけど、どうする?」  灯油ストーブを置いたおかげであったかい。やっぱりぬくもりって大事。  灯油ストーブの上に置いたヤカンから、上気がゆらゆらあがっていた。 「いや、馴染みすぎだろ。っていうか、いいの? こんな勝手なことして。先生に見つかったら怒られるよ」  灯油ストーブを見てミモザは引いている。 「んー? 怒られないよ。ちゃんと先生から許可もらってるし」 「そうなの?」 「うん、そう」  適当についた嘘でもミモザが信じて安心してくれるならそれでいい。  ミモザはようやく俺の前に腰を下ろすと、小さな弁当箱を開いた。  黄色い卵焼きにウインナー、ほうれん草のゴマあえに醤油色の牛肉、焼き鮭、ミニトマト。  いつもの、小さいながらに色とりどりのいろんなおかずがぎゅっと詰まった弁当だ。そこにティーパックで淹れたあったかいお茶を出してやる。 「味噌汁はどうする?」  インスタントの味噌汁は昨日スーパーで買いだめしてきた。 「味、いろいろあるけど」 「ええと、じゃあ、ナスと豆腐のにしようかな」 「了解」  味噌を入れ、乾燥したナスと豆腐とネギを加え、お湯を注いでできあがり。中身をよくかき混ぜてからミモザに手渡すと「ありがと」と素直に返ってきた。 「あったかい」  味噌汁のカップを両掌で包むと、ふうふう息を吹きかける。一口味噌汁を啜って、ふっとミモザは微笑んだ。  かわいかった。  いつもつんけんしてばかりだから、そんな顔できるんだと衝撃を受けた。 「ミモザってほんと、かわいいよな」 「なに、いきなり。キモイ」 「その一言がなければ完璧なのにな」 「こっち見んな。さっさと自分の飯食えよ」  ミモザはそっぽを向いてしまった。  俺は心の中で泣きながら、メロンパンを頬張った。  しばらく無言でそれぞれが食べる音だけがする。窓の外は今日も曇り。そういや最近お天道様を見ていない。 「いつも、買ってるんだな」  ぼんやり外を見ながらメロンパンの次にコロッケパンを食べてたらミモザが言った。 「それ、お昼ご飯。いつも、買ったパンとかおにぎりとか食べてるから」 「ああ、これ? うちの両親共働きで超忙しくて、息子に構ってる暇ないんだよね。その分おこずかいは多めにくれるから、不自由はしてないんだけど」 「だからか」 「だから?」 「お前の家から帰る時、家の中に誰もいなかったから」 「ちょうど出張中だったんだ」 「それじゃあいつも、一人なのか」 「去年まで姉ちゃんも一緒に住んでたんだけど、大学卒業して就職してさ、それと同時に家を出てってからはほぼ一人暮らしだね」 「へぇ。寂しくないの?」 「ん?」  寂しい? 寂しいって、なんだ?  頭にハテナマークが浮かぶくらいに俺の感覚は麻痺していた。
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