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昼休みにミモザとの行為に耽り、のめり込む。
そんな日が何日か続いたある日、ミモザが言った。
「真広兄ちゃんから連絡が来たんだけど」
その日は久しぶりに晴れて、窓から日差しが差し込んでいた。メロンパンを食べながら俺は聞き返した。
「おっ、やっとか。つか返事遅くね?」
「大学の授業のことでいろいろ忙しかったみたい」
「ほーん、そんなもんかね。で、なんて?」
「その日のことで、直接会って話したいんだけど、都合のいい日ある? って」
ミモザは小さな弁当をつつく。
「へぇ、よかったじゃん」
「なにがいいの?」
「え? だって、あの日あったことを教えてくれるってことでしょ」
「直接顔を合わせて、あの日のことを聞くとか、気が重すぎる」
さっきから卵焼きをつついてばかりで一向に口に入れようとしない。ミモザは箸を弁当箱の上に置くと深いため息を吐き出した。
「でも、聞いたらすっきりするし、なんならそのまま付き合えるかもしれないじゃん」
「これだからヤンキーは、どこまでポジティブなんだ」
「ヤンキーじゃねぇし」
「じゃあリア充? 陽キャ? どちらにしても、住んでる世界が違うお前との意見は永遠に合わない」
「リア充だの陽キャだの分かんないけど、ミモザが自信なさすぎなんだろ。きれいに整った顔してんだし、もっと自信持てって」
「顔を褒められたってなにもうれしくない。いくつになっても女の子みたいだし、俺はお前みたいな、もっと男らしい顔がよかった」
「俺みたいな?」
男らしい顔というのがどういうものかは分からない。
ミモザははっとしたように目を瞬かせると俺に指をさす。
「ちょ、ちょっと褒めたからって、調子乗るなよ」
「はあ? 人を指さすな。今の褒められたの? 別に調子乗ってないけど、でも、ミモザは俺の顔が好きってこと?」
「好きじゃねぇーよ。俺は真広兄ちゃんみたいなほんわかした、優しい顔が好きなんだ。お前みたいな、ちょっと睨まれたら恐いヤンキー顔なんて好きじゃない」
「えぇ、俺の顔、そんなに恐い? そんなん友達に言われたことないけど。どちらかと言えば、顔も好きって女子に言われる……」
「自慢するな! うぬぼれチャラ男のヤンキーめ!」
さんざんな言われようだな。ミモザの中で俺のヤンキー設定はずっと更新されないのだろう。
こんな不毛な会話はとっとと打ち切ろう。
「ま、顔の話は置いといて、このままもやもやしっぱなしよりは、真広兄ちゃんに会って、なんならいろいろ聞いちゃう方がいいと俺は思うよ」
ミモザは再び弁当箱に目を落とした。箸を手に取り、卵焼きをつかむと口に運ぼうとしてやめた。
「やっぱり、無理」
「どうして?」
「どうしてって、そんなの、……恐い。面と向かって、あの日の失態を話されて、その上でもしも真広兄ちゃんに拒絶されたらって思うと、耐えられない。だって、ずっと、ずっと好きだったんだ」
俺にはミモザの気持ちが理解しきれなかった。
それだけ好きだった人と、もしかしたらその先の関係に進めるかもしれないのだ。それなのにミモザは可能性の芽を自ら摘もうとしている。
「男同士だからそんなに怖じ気づいてんの? でもミモザはそれでも、酒の力を借りてまで、告白しようとしたんだろ。抱いてもらおうと思ったんだろ」
そんなのもったいないと俺は思った。
「真広兄ちゃんに受け入れてもらいたいから、自分で尻を開発して、次は失敗したくないから練習のつもりで俺に抱かれてんだろ。それだけの努力と根性があるんだから、こんなとこで簡単に諦めんなよ」
顔をあげたミモザはくしゃりと歪めた。
なんで事実を突き付けられて、泣きそうな顔するんだよ。見ていられなかった。
「俺が、一緒についてってやるから」
「……え?」
「さすがに同席するのは気まずいだろうから、すぐそばで見ててやる。だから、がんばれよ」
「ついてきて、くれるの?」
「うん」と頷くと、ミモザはぱっと顔を明るくして、笑った。
「ありがとう、三輪」
なんでだろう。
その笑顔が眩しくて、胸が高鳴って、そんな顔を俺に向けてくれたことがうれしいと感じたのは本当なのに、首をもたげた感情は仄暗かった。
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