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「ごめん、でも本当だし。だから、ミモザが好きだっていうお兄ちゃんも、すぐにミモザの虜になるんじゃないかって思ったんだ」
確か、名前は。
「真広お兄ちゃんだっけ? ミモザが好きな人」
ミモザははっとしたように顔をあげた。
「でも、実の兄に抱かれたいとか、ミモザってなかなかすげーなって思ったんだ」
目をぱちくりさせたミモザは、誤って異物を呑み込んだような表情になった。
「は? 真広兄ちゃんは、実の兄なんかじゃないし。っていうか俺、一人っ子だし。お前、何言ってんの?」
「え? そうなの? てっきり兄弟愛かと思ってた。近親相姦的な?」
「バカじゃないの?」
「うっ。だって、お兄ちゃんって聞けば、お前の兄貴かと思うだろ」
「思わないよ。なんでそうなるんだ。本当に短絡的。救いようのないバカ。これだからヤンキーはきらいなんだ」
ああ、かわいい口からイヤミな言葉がぽんぽん出てくる。
ほんとやだこいつ。
「ちょっと勘違いしただけで、そこまで言うことなくない? っていうか俺、別にヤンキーじゃないし」
ミモザは俺の頭からつま先までをジロジロ見ながら言った。
「髪赤いし、ピアスしてるし、制服も着崩してチャラチャラしてる。それに、いつもうるさい連中とつるんで笑ってるし、クリスマスの夜に女の子と歩いてるような奴はヤンキーだ」
「ええー、待って、その定義おかしくない? 俺、なんも悪いことしてないよ。髪が赤っぽく見えるのは地毛だし、ピアスは両方穴空いてるけど片っぽだけ、さりげなく小さな輪っかしかつけてないし、制服は着やすいように着てるだけだよ。うるさい連中って言っても、みんな校則は守ってるいい奴らだし、っていうか、なんで俺がクリスマスに女子といたこと知ってんの?」
「さあな」
「さあなってなんだよ。街中だったしどっかですれ違った? でも、夜に女の子と歩いてるのがヤンキーだっていうなら、夜にその辺うろついてるリア充はみんなヤンキーになるな」
「うるさい。とにかく俺はお前みたいな人種に関わりたくないんだ! お前みたいな、年がら年中盛ってるヤリチン野郎と関われば、俺まで汚染される!」
「いや、別に年がら年中盛ってねぇし。汚染って……、ほんと言い方に棘がありすぎ。さすがに傷つくわー」
「どうでもいいし、もういいだろ」
ミモザは力ない声で言った。
俺とのやりとりに疲れてしまったのかもしれない。さっきまでの勢いがしぼんでいった。
「お前の話は聞いたし、謝罪も受けた。でもだからどうしただ。俺がお前を許すことは絶対にない。本気で反省するつもりなら、二度と俺に構わないで。それでいいから、もうどっか行って」
ミモザは目を伏せると、壁に背をもたれさせた。
多分このまま俺がこの場去ってしまうことをミモザは望んでいる。
同じ教室で、俺の後ろの席に座ってるだけの関係で、友達でもなんでもない。
最初からミモザが俺のことを嫌っていることだって分かってた。
「分かってたのになぁ、なんでだろ」
俺はつぶやいた。
クリスマスの夜、駅前の駐輪場にいたのがミモザじゃなかったら、俺はわざわざ連れ帰ったりしなかった。
俺を誘った相手がミモザじゃなきゃ、男なんて相手に勃たなかったと思う。俺はミモザに手を伸ばすと、その細い身体を抱きしめて言った。
「やっぱごめん、無理。どっか行けない。俺はこれからもミモザに話しかけるし、なんならミモザの恋を応援したいと思う。そして、できればまたミモザのことを抱きたいって思う」
なんでだろという気持ちに答えは出ない。
ミモザが「ひっ」と掠れた声をあげた。
しいて言うなら、ミモザと身体の相性がいいことを知ってしまったから、手放したくなかったのだ。
「ふざけんな。レイプ魔。さっさとくたばれ!」
そんな俺をミモザは思い切り殴りつけて、逃げていった。
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