旧式

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 グラスを傾けながら同僚と取り留めない話をしていると不意に先輩から名前を呼ばれる。私がにこにこと微笑みながら振り向き「はあい、なんですかあ?」と舌足らずな声で返事をする。アルコールで脳をビチャビチャに湿らせた先輩は私に恋人の有無を訊ねる。ああー、いないんですよお……っていうかあ、いたことないんですよねー、私、ちっともモテなくてえ。  同僚が斜向かいから上司を「須賀さん、それセクハラですよ」と強めに窘めるが、私は小さく首を傾いで、よくわかんない、といった顔をしてみせる。先輩は同僚を「こーえー」と半笑いで否定しながらさらに私へ、 「じゃー俺と付き合おうよー。いろんなこと教えてあげるからさあー」  そう言って強引に私の肩を抱こうとする。  同僚が「須賀さん、本当にちょっと……井上さんも嫌なら嫌って言わなきゃ駄目ですよ」と私を促してくるが、私は相変わらずへらへらと笑ったまま、 「あのお、前から思ってたんですけど、須賀先輩と周子ちゃんってすっごく仲良しですよね! いいなあー!」  私は先輩の腕を払うこともなかった。  先輩の火照った身体を感じた瞬間、私の身体は鳥肌を立て、彼の酒臭い呼吸には吐き気を覚えている。ゆっくりと撫でられる二の腕なんて、今すぐ切り落としてしまいたいほどの衝動に駆られていたが、それでも私は『天然で鈍感な人間』を演じ続ける。  私は私に押しつけられた“役割”を、心から憎んでいる。
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