旧式

3/5
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 結局その日、私の役割が書かれた葉書きは届かなかった。  郵便屋のバイクはいつも通り夕方にやってきたが彼は私宛ての葉書きなど持っておらず、本当にないのかと訊ねてみても、ないですよ、とだけ言いそのまま去っていってしまった。いくらなんでも冷たすぎる人だと思ったが、どうせ彼もそういう役割なのだろう。  絶望に打ちひしがれながら家に入る。役割についての公式ページを開き、隅々まで読み直したが『役割の葉書きが届かない場合』という項目はどうしても見つからない。  役割がない、ということは、もしかすると私がこの国にとって要らない人間だということだろうか。役割も与えられないのに、二十歳になれるわけがない。  一体私は、明日からどう生きていけばいい?  なんでもいい、どんなものでもいいのだ、役割を、誰か私に役割を与えてくれ。  何十分もかけてホームページを繰り返し往復していると、ヘルプページの中に小さくお問い合わせの電話番号が書かれていることに気づいた。即座にスマートフォンでそこへ電話をかける。九コール目でやっと繋がったそれは間延びした若い女の声で、 「はーい、役割担当事務局でーす」 「あの、私明日二十歳になる者ですが、まだ役割の葉書きが届いていないんです。いつ届きますか? 葉書き以外で知る方法はありませんか?」 「えー? それってえ、ほんとなんですかー?」 「本当です、いつ届きますか?」 「えー、どうだろ、いつごろだろー? そんなこと今まで起きてないし、わっかんないんだよなあ……え、どうしよ。うふふ……あっ、じゃあー、うーん、ちょっと待ってもらっていいですか? 偉い人に訊いてきちゃうんで! んふふふ!」  若い女はへらへらと喋り、挙げ句の果てには乱暴に受話器を置き、電話の向こうで「部長おー、なんか役割の葉書きが届いてないよーって人から電話がきてるんですけどお、しかも明日が誕生日当日らしいんですよー。こういうのってどうしたらいいと思いますう?」と、いかにも頭の悪そうなことを宣っている。私は彼女の役割を地獄のようだと思う。私の役割はどんなものだろう。『聡明で高潔』、あるいは『勝ち気で男勝り』などであればいいと考えている。  宛がっていた電話からゴトゴトと派手な音が鳴る。音が鳴りやんだころ、今度は年配の男の声で、 「お電話代わりました。ええと、明日が二十歳の誕生日で、なおかつ役割の葉書きがまだ届いていらっしゃらない……? とのことでよろしいでしょうか」 「はい、そうです」 「ちなみに郵便屋は?」 「他のものならば先ほどきましたが葉書きは持っておらず、訊ねても“ない”とおっしゃっていました」 「なくした可能性もないんですよね?」 「勿論です」 「はあ、なるほど……」  男は酷く困惑した様子だった。本当にレアケースの事故らしい。男は私の名前、住所、電話番号を訊き出すと、 「上と連絡を取ってみます。一時間程度かかると思いますが、確認が取れ次第私“神田”がお電話差し上げますので」 「はい、よろしくお願いします……」  スマートフォンをタップし、暗くなった画面を睨む。何もかもが空虚だった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!