夏休み

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 夏休みの間は、週に2、3回くらいのペースで強制的に先輩の家に行かされる日々を送っていた。    この日も先輩に電話で呼び出され、泣く泣く先輩の元へ向かっていた。 「あれ~、宇佐美じゃん。」 「え、あ……。」  話しかけてきたのは、隣の席の男子だった。周りには他の同級生も数人いた。  みんな、髪を染めて、ピアスもたくさん開けている。だから、傍から見たら、同級生に話しかけられた人ではなく、ヤンキーに絡まれた人でしかない。実際、僕もヤンキーに絡まれた気分だ。 「どこ行くの?」 「えっと……、愛宕、先輩の、とこに……」 「はっ、夏休みにも会うって随分と気に入られてるじゃん。」 「やば~~。仲良しかよ。」  みんなケラケラ笑って、僕のことを見下げてきた。 「てかさ、授業中に抜け出して何してんの?」 「……あれ、は」 「セックスでもしてんの?」 「ははっ!ありえる~!だって、オキニだもんね~。」  僕の頬を撫でるように触ってきた。気持ち悪い。僕は顔を背け、必死に耐えようとしたけど、顎を掴まれ、視線を合わせるように顔を覗いてきた。 「ちゃんと目見て話せや。」 「……す、すいません……」 「ちょっとやめなよ~。怖がってんじゃん~。」 「つーか、マジで付き合ってんの?」 「そんなわけっ……!」 「あ?付き合ってないのかよ。」  まさか愛宕先輩と僕が付き合ってると思われているなんて知らなかった。先輩は顔だけ見ると、カッコいいから、彼女が何人もいるらしい。だから、僕と付き合ってるわけがないし、そんな最悪な噂はやめて欲しい。あんなにも怖くて、変わった人と恋人となんて嫌だ。 「じゃあ、先輩のためにも告白しろよ。」 「え……?」 「お、いいじゃん!ちょうど俺、彼女の喘ぎ声取りたくて、録音機持ってるんよ。だから、これで証拠残せよ。」 「やっば!おもろ!まず、お前録音機持ってんのやばすぎだろ!」  ヤンキー達は僕の手を強く掴んで、録音機を無理矢理持たせてきた。   「や、やだっ……!」 「あ?うるせーな。愛宕さんのオキニだからって調子乗んなよ。」  これまでで一番怒ったような顔をしていた。きっと本音だからだ。僕みたいな弱弱しいのが、愛宕先輩に気に入られてるのなんて楽しくないはずだ。    ここで断ったら、殴られる。それはもう目の前の相手の顔を見れば分かり切っていた。 「夏休み明けに録音機、提出な。」 「ははっ、宿題かよ。」  そんなことを言いながら、みんなは歩き始めた。でも、僕は立ちすくんで、どうすればいいか分からなくなっていた。愛宕先輩に告白なんてしたくない。でも、同級生のヤンキーに反抗するのも無理だ。  ……あれ?  ……待って、よくよく考えたら、これはチャンスなんじゃない……?  愛宕先輩は冗談で僕のこと可愛いって言ってくるけど、実際に冴えない男に告白されたら気持ち悪いと思って、距離を取ってくれるかも……。彼女もいるわけだし、告白すれば離れてくれる……?  ……先輩に嫌われるのは、僕の高校生活の終わりを意味するけど、このまま先輩と過ごすのは嫌だ。せめて、同級生の子と仲良くしたいし。  大丈夫、ピンチがチャンスになるはずだ。
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