医師の苦悩

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医師の苦悩

「ふ〜」  椅子に座り医師は大きく息を吐く。医局へ戻りお茶を飲みながら一息ついた。 「あら先生、お疲れ様です。佐々木さんまたやってたみたいですね」  そこにたまたま通り掛かった師長に声を掛けられた。 「あぁ、うん……」 「先生も大変ですね。それにしても、自分の死に際をプロデュースしたいなんて。お金を持っている独り身の人って変わってるのかしら」  医師が曖昧に笑っていると師長が続けた。 「役者さんを雇って演技指導もして、お葬式では練習風景から編集して流すって。全部自分でしたいからってパソコンの勉強も始めちゃうなんて。やっぱり目的があると違うのね。佐々木さん末期癌だなんて信じられないくらい生き生きしてますよね。」 「いやぁ……それがさぁ……」  カップに口を付けながら明後日の方向を向く医師に師長が不思議そうに首を傾ける。 「……なんだよね」 「はい?」 「癌さ、消えた、みたいなんだよね」 「!!」 「この前の検査結果を見てびっくり!いや~、人間の生きる気力ってすごいね!まだまだ医学では解明できないことが沢山あるなぁ」  乾いた笑い声だけが虚しく響く。医師の様子に師長が恐る恐る尋ねる。 「それって、佐々木さんには……」 「……まだ伝えてないです」  二人の間に沈黙が落ちる。空気に耐えかねたのか医師が言い訳のように言った。 「あの時は本当に余命一年だったんだよ!」 「それは私も知ってます。良いことなんですから早く伝えた方がですよ」 「僕も分かってるよ!でもあんなに楽しそうに自分の死に向けて準備しているのを見ると生きがいを奪うようで……」 「その気持ちも分かりますけど、時間が経つほど言えなくなりますよ」 「僕が一番分かってます……」  そう言って医師は項垂れた。  今日もその話を持ち出そうとした所で演技練習に巻き込まれてしまい言うことが出来なかったのだ。すがるような目線で師長に訴えたが、頑張って伝えて下さいとだけ残して行ってしまった。それに薄情者と思うも問題は何も解決していない。 「儂は本番は見れないんだ!うまくいくかはお前達に掛かってる!しっかり頼むぞ!」  医師が頭を悩ませる中、老人の元気な指導の声が廊下まで響いていた。  
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