オン・ザ・マスク

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 大学を卒業後、地元の市役所へ就職した卓也は、いわゆる女性と出合いのない日々を送っていた。  未だに公務員は定時上がりの楽な事務仕事ばかりだ、というイメージを持つ者もいるが、卓也の勤める市役所は激務に追われ多忙を極める職場だった。  連日長時間の残業、休日は疲れ果てて家に篭りきり。そのような日々が三年続き、恋人はおろか女性とのデートもご無沙汰、という日常であった。  だからこそ、その日の卓也と言ったら、ひとしお気合いが入っていた。  三年ぶりに訪れた女性との出会いのチャンス。合コンをセッティングしてくれた友人には感謝が絶えない。  しかしながら、新種ウイルスが世を席巻している中、男女複数での会食というのも如何なものか、という意見もあり、そこで妥協案とされたのが『マスク会食』での実施だった。  この提案は女性陣から提案されたものだった。男性陣としては、合コンの場で顔が分かりにくい状況というのはこれまた如何なものか、と疑問も上がったが、誰かが『外見では無く中身が大事だろ』と言ったことを皮切りに、参加者は皆納得してしまった。  そして卓也は、その日に出会った女性と、念願のデートの約束を取り付けることに成功したのだった。 ー※ー  決戦当日、卓也は気合い半分、不安半分で駅前の待ち合わせ場所に立っていた。約束の時間は、まだ三十分も後である。  なにせ数年ぶりの女性とのデートのため、既に勝手を忘れてしまっている。それに最後に女性とデートをしたのは大学生の頃で、今はれっきとした社会人。大人のデートをしなくはーーーー直前まで読んでいた『大人デート必勝法!』というネットの記事は、内容が突拍子も無さ過ぎて参考にならなかった。  この日のために買ったブランドもののジャケットを着て、落ち着かないままスマホをちらちらと眺めていると、近くにスマホを片手にきょろきょろと首を動かしている若い女の子が現れた。それと同時に、卓也のスマホがメッセージ受信を伝える振動を発した。  
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