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銀行のATMで手持ちの現金を補充し通帳記入を済ませ、残高を確認する。
以前の亜弥は、ほぼアパートと会社を往復する仕事ばかりの日々を過ごしていた。お金の掛かる遊びはせず、高額な出費もない。
現在は、多少収入は減ったものの、生活事態は今も大差なく、通帳に記載される金額は、微増していくばかりだ。金銭的な心配を当面しなくていいのはありがたい。
両親の残してくれたお金もまだかなり残っているが、これは、産まれてくる子どもの将来のため、手を付けずに取っておくつもりだ。
女将をはじめ旅館の皆には、申し訳ないほどに、よくしてもらっている。
年代もばらばらな彼女たちから励ましとともに聞かされる失敗談は、不安な気持ちを吹き飛ばしてくれるし、経験に基づく教えは、とても興味深い。
住まいは女将の指示通りに母屋へ移した。卓袱台と整理箪笥ひとつのがらんとした和室なのだが、押し入れの中だけはいつのまにか、産まれてくる赤子のためにと運ばれてくる、女将に負けず劣らず気の早い皆の愛でいっぱいになっている。
「ほんと、あんなにたくさん、どうしろっていうんだろう? ふふふっ」
大小様々、凡そ数年分はありそうな衣類から、玩具に至るまで。その量足るや、朝晩押し入れを開け閉めするたびに、思わず笑いが溢れてしまうほどだ。
「あ、そうだ。買い物あったんだっけ」
途中、ドラッグストアへ立ち寄って足りない日用品を買い足し、寒空の中、亜弥は家路を急ぐ。
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