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「……亜弥ちゃん? どうしたの? 大丈夫?」
ふと我に返れば、障子に掛けたままになっている手を、女将がそっと外し、両手で包み込むように握り、ぽんぽんと甲を叩いた。
「あ……すみません。わたし……」
混乱する亜弥が見上げてみれば、女将は優しげな笑みを湛えて頷いた。
「大丈夫。なにも心配いらないわ。誰もなにも亜弥ちゃんに強制なんてしないし、亜弥ちゃんは亜弥ちゃんの思うとおりにすればいいの」
「女将さん……」
「亜弥ちゃんがどんな選択をしても、私は亜弥ちゃんの味方だからね。でも、このまま彼らと中途半端ではだめよ。お腹の子のためにも、彼とちゃんと話し合いなさい」
ちょっと席を外すけれどすぐに戻るから、と、出て行く女将の背を、亜弥は茫然と見送るしかなく。
「亜弥? とりあえず、座ろうか」
聞き慣れた懐かしい声は容赦なく、亜弥の心を揺さぶった。
頭上で感じる息づかい。肩に置かれた手の重み。ずっと恋しかった克巳の匂い。克巳の存在の大きさを、あらためて思い知らされる。
泣いたらだめ。
崩れ落ちそうになる自分を落ち着かせるため、亜弥は大きく息を吐いた。
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