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一呼吸置いて混乱をやり過ごし、冷静さを取り戻した亜弥は、克巳に手を引かれて席に着いて彼らと向き合う。
こうして対面してみれば、あらためてわかる。
同じ部屋の中にいる彼らと亜弥は、座卓の幅しか離れていないはずなのに、その距離はなんとも遠く。
仕事や人間関係に振り回される慌ただしい日々も、克巳に愛される甘い時間も、いまの亜弥には懐かしく、遙か昔のできごとのような気がする。
感じられるのは、心の奥底へ仕舞い込んだ克巳への想いだけ。凪いだ波のように、静かに寄せては返している。ただ、それだけ。
あの頃の自分はもういないんだ……。
亜弥はふたりの目を順繰りに真っ直ぐ見つめ、己の揺るがない心を自覚していた。
「亜弥ちゃん、まずは僕からお詫びをさせて欲しい。父が、済まなかった。まさか、父が君を呼び出すなんて思いもよらなかった。その上、あんなに酷いことを言うなんて……本当に済まない」
「いえ、やめてください。部長に謝っていただくようなことはありませんから。そんな……酷いことはなにも……」
敦史に頭を下げられた亜弥は、大慌てで手を振るが、座卓分の距離が、微妙に遠い。
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