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「敦史が絡まなければ、あの男も亜弥に手出しはしなかっただろう」
いまいちど聞かされる克巳の生い立ちとその後の関わり。克巳の口から淡々と語られる、彼の父親のあまりにも非情な為さりように、亜弥が知る社長の人物像が、音を立てて崩れていく。
あの好好爺然とした微笑みや優しげな語り口。あれらがすべて演技と知るや、その詐術によって容易に翻弄されてしまった亜弥は、あらためて空恐ろしさを感じる。
「敦史には、あれで一応、いい父親ではあるんだよな」
尊敬して止まない強い父。敦史が顔を輝かせて語る父親像は、常にそうだった、と、亜弥も思い出す。
社内でも悪い話なんて、一度も聞いたことがなかったと言えば、「外面はいいし、仕事はできるんだ」と、苦笑する。
裏では色々あるけれど。
そう言葉を濁す克巳を訝しがりながらも亜弥は、知る必要のないことと、敢えて追求はせず、聞き流す。
「元々俺は、あの家を離れるつもりでいたんだ」
亜弥と敦史の交際を知ったのは、進めていた準備がいよいよ具現化しようとするときだった。
そして、亜弥と再会し、裏切られたとの克巳の思い込みが誤解であったと知り——。
亜弥と一緒に。そう思った矢先に、亜弥は再び消えてしまった。だから。
「約束してくれ。ずっと俺の傍にいると。もう二度と、俺から離れないって」
「……それは」
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