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自分だって、克巳と離れたいなんて一度たりとも思ったことはないし、これから先も克巳とずっと一緒にいたい。
けれどもそれは、いまの話を聞く限り、克巳が会社を、家を、弟である敦史を捨てることに繋がるのではないだろうか。
たとえ社長の詞に嘘がたくさん含まれていようとも、たとえ自分が彼らを引き裂く要因になる。そんなことをあの社長が黙って見過ごすはずがない。
敦史を傷つけ、さらには克巳をも傷つけ困らせる。そんな犠牲の上に成り立つ未来なんて……。亜弥は己の心とは裏腹に、約束を躊躇う。
「やっぱり迷う、そうだな。俺だって亜弥が気にしてることくらい、ちゃんとわかってるさ。大丈夫。事情が変わったんだ」
「変わった?」
「ああ。敦史だよ」
桃子になにか聞かされたのだろう。克巳はそう言った。
亜弥を搦め捕るように己の恋情を押し付け、それが叶わぬとなれば今度は、克巳に恨みをぶつけた。
亜弥の過去もふたりの事情もなにも知らず、己の想いを優先させたそれが、間接的に亜弥を傷つけていたことも。
挙げ句、自分の尊敬する父親が、明確な悪意を持って、亜弥を追い払うような真似をした。
知らないのは罪。知ろうとしないのは、悪。なにも知らなかったからと、許されてはいけない。それに気づいた敦史が己の周囲を注意深く見回しただけでも、見過ごしていた現実が、自ずと見えてくる。
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