§ 瘢痕

2/14
733人が本棚に入れています
本棚に追加
/174ページ
 二、三、言葉を交わしたのち、男はワインリストを閉じてソムリエに手渡した。  白いクロスに覆われたダイニングテーブルを挟んで向かい合う宮藤亜弥(くどうあや)は、場慣れした男の様子を目に映しながら、ぼんやりと笑みを浮かべている。  開け放たれた全面ガラス張りの窓の外には、宝石を散りばめたような都心の夜景が広がっている。都内有数の高級ホテル地上三十四階に位置するこの三つ星フレンチレストランは、まるで天空に浮かぶ城だ。  瞬く光の渦に吸い込まれそうで、胸の奥がぞわぞわと騒めく。亜弥は畏れを感じながらも外界を見下ろしたい欲求を止められずにいた。  シックで都会的に洗練された店内に流れているのは、格調高いチェロの調べ。  それぞれテーブルの中央に置かれた透明なカットグラスの中で揺れるキャンドルの小さな炎が、薄暗い店内にキラキラと反射し、ロマンチックなムードを高めている。 「たまにはこういう所で食事するのもいいでしょう? ここはね、ジビエがお勧めなんだけれど、そうだな、いまならハトはどうだろう? さっぱりと癖がなくて食べやすいと思うよ。どうする? 苦手なら無理に勧めはしないけれど、試してみるかい?」
/174ページ

最初のコメントを投稿しよう!