16人が本棚に入れています
本棚に追加
1
間接照明にグラスの氷山が溶ける。
「遊輔の遊は遊び人からきてるって噂ホント?」
「名前の由来なんか知らねえよ。お代わり」
ウイスキーを干してカウンターに突っ伏すのは、三十路がらみの眼鏡の男。
三白眼の悪人顔で、職業を問われたら十人中八人がインテリヤクザと答え、残り二人が落ち目のホストと答える。
だらしなく背広を着崩し、ネクタイを緩めた遊輔を見下ろし、ゴツいオカマのママはあきれ顔で嘆く。
「これ以上飲んだら歩いて帰れないでしょ」
「金落としてんだぞこっちは」
「そんなこと言うとお持ち帰りするから」
悪戯っぽく脅せば、遊輔は「好きにしてくれ」とくだを巻く。
すっかり酔い潰れた遊輔の隣、生真面目なサラリーマンが心配する。
「大丈夫でしょうか」
「ダメかもね」
「カタギには見えませんが……仕事は何を」
「記者よ。週刊リアルで書いてる」
コップを磨きながらママが回答。
「電車の吊り広告でよく見る?」
「芸能人の誰それが不倫したとか覚せい剤やってるとか、しょうもないゴシップネタ専門の週刊誌」
饒舌な説明に遊輔が突如起き上がり、凶悪な酔眼で二人を睨み付ける。
「この店は守秘義務どうなってんだ、他の客にべらべら漏らすんじゃねえ」
「記者なんかやってるくせにプライベートべらべらばらまくのが悪いのよ、ねえ薫くん」
猫なで声を出すママの視線の先、バーテンダーの制服も初々しい好青年が曖昧に笑って受け流す。
「ツイッターだのインスタだの色々おっかないご時世ですからね。口は災いのもと、個人情報は秘匿するにこしたことないかと」
「誰?」
遊輔が瞬きする。ママが頬に手をあて盛大なため息を吐く。
「アンタががぶ飲みしてる水割りを作った子よ、新しく入ったバーテンの富樫薫くん。可愛いでしょ?」
「女受け狙ってイケメン入れたの」
「かわいい娘増えるのはウィンウィン大歓迎でしょ。薫くんも気を付けて、この人死ぬほど手癖が悪いから」
「男に興味ねえよ。お前こそ気を付けろよ、好みの若いのとなるとママがほっとかねえ、いてっ」
頭をはたかれて撃沈。
「ほんっと最低。記者ならコンプライアンスに気を配りなさいよ、次にオカマ蔑視発言したら出禁にするから」
「事実じゃん……忘れてないぜ若い頃ケツ揉まれたの」
「スクープの裏話とか聞かせてくれませんか」
サラリーマンが興味津々身を乗り出す。
遊輔はしゃっくりし、「話すようなネタねえよ」と無愛想に返す。
ママが助け舟をだす。
「アレは?何年か前に蓮見尊の少女売春すっぱぬいたでしょ」
「蓮見って『モーニングスカイ』に出てた俳優の?」
「俺も知ってます」
サラリーマンと薫が驚く。
ママが調子にのる。
「私もファンだったのよ~なのに未成年と援交とかゲンメツ。今はパパ活っていうんだっけ?まあどっちでもいいけど、愛妻家の二枚目で売ってたのに好感度大暴落よ」
「確か干されて自殺……」
グラスが床で割れ砕ける。
最初のコメントを投稿しよう!