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『ブラック企業のパワハラネタねェ。悪かないが地味じゃないか、自殺したのは四十代の中年だろ』
『地味って……遺族の心情はどうなるんですか、奥さんと小学生の息子がいるんですよ』
『遺書は?録音テープは?きょうび証拠がなけりゃ組織は動かんよ』
『同僚や部下の証言を集めました。家族からも悩んでる裏付けがとれましたし、もう少し粘れば内部告発だって』
『華がないんだよな』
『華……?』
『これが新卒の若くて可愛い女の子なら可哀想にねって同情引けるが、四十路のくたびれたリーマンが会社の屋上から飛んだって、あーまたかで済まされちまうよ。SNSやってたわけでもねーんだろ』
『だけど』
『お前さ、年間何十万人がパワハラだの過労だので死んでると思ってる?メディアに構ってもらえるのは幸運な一握り、あとは知らんぷりそっちのけ。ネタにも鮮度がある、キャッチャーな悲劇じゃなきゃ誰も食い付かねェ』
上司の言い分に、遊輔は言葉を返せなかった。
遊輔の取材の結果、死んだ会社員はサービス残業を何百時間も課されて鬱病になった事実が判明した。
しかしタイムカードは捏造されており、パワハラの物的証拠は掴めずじまい。
周囲の証言だけでは弱いと見なされ、このネタは没になった。
『ちょっと待ってください、なんで取材がダメなんですか』
『上から苦情がきたんだよ、これ以上嗅ぎ回るなって』
『有名大のサークルコンパで暴行されたんですよ?被害者の子は大学やめちまったのに、犯人グループはお咎めなしですか』
『グラビアアイドルの遊佐ひとみがミュージシャンのタクミと不倫してるんだとさ、探ってこい』
『主犯が大蔵省のお偉いさんの息子だから?』
『事件になってねェだろ』
『余罪もたんまりあるのに?他の子も話してくれたんです、録音したのだけでも聞いてください、みんなものすごい勇気出して』
『消せ。今すぐに。記者を続けたけりゃな』
こんな事をしたくて記者になったのか?
雨の日風の日も張り込んでるのか?
記者は正義の味方じゃない。
世相の味方だ。
『お前の正義感は迷惑なんだよ』
俺の記事は誰も救えない。
ただのゴミ、マスゴミだ。
そういわれてもしかたない人種になりさがった。
逆らったらクビを切られる。いっそやめればよかったのか。
『特ダネ持ってこい、華のあるヤツな』
華ってなんだ?
誰かが死んだりレイプされたりそういうのは地味なのか?
読者は見向きもしねえのか?
『子殺しの母親の記事記事評判よかったぜ。高校時代パパ活で荒稼ぎしてたとか中1の頃から養父に性的虐待受けてたとか、やっぱこーでなきゃな』
『母子手帳のくだりは』
『は?』
『現場のアパートで見付かったヤツ。なんで削除したんですか?』
『あのな風祭。読者は虐待親の胸糞な所業と壮絶な過去を知りたがってんだ、興ざめなお涙頂戴エピソードはいらねェよ』
『産婦人科で聞いてきたんです、定期健診にゃ毎回来てたって……細かい字でびっしり記録を付けてたんですよ、アレルギーのことも』
『子供殺しの鬼畜親が、母子手帳に初めてハイハイした日や歩いた日の事書いてたからなんだってんだ。それで虐待の事実がチャラになんのか、殺しちまった事実が許されんのか?読者は犯人をぶっ叩きてェんだよ。実の子嬲り殺した母親がどんだけクソだったか知りたくて雑誌買うのに、本当は育児と生活苦のストレスで泣く泣く手を上げちまったんですよとかヌルい雑音は余計だろ』
『これだって事実ですよ!』
『ウチの読者層と合わねーっていってんだよ意識高い系の雑誌に持ってけ!』
上はスクープを催促する、エグくてきわどくて刺激的で扇情的な見出しを証言をよこせとプレッシャーをかけ続ける。
一番伝えたかった事実を伝えられない。
一番届けたかった核心が届かない。
書いても書いても没にされ、いい加減にしろと胸ぐら掴んでどやされて、追い詰められた遊輔は記者がしてはいけないタブーを犯した。
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