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フェイクニュースとは文字通り捏造記事をさす。 穏やかな表情で遊輔を覗き込み、嚙み含めるように説く。 「裏はとりました。自分で仕込んだんですよね?知り合いの風俗嬢に金を渡してハニートラップ仕掛けたり、大物プロデューサーの所に好みのAD送りこんだり。大麻騒動は昔の友達あたったんですか?中高じゃ荒れてたんですってね……家庭環境には同情しますよ」 「…………」 薫の推理は当たってる。 風俗嬢とADは元カノ、俳優に大麻を売ったのは学生時代の友人だ。どれも遊輔が裏で金を渡し、ゴシップの捏造を仕向けた。 スーツの下にじっとりと嫌な汗をかく。 「自作自演のゴシップで誌面を賑わせて、よく今まで告発されませんでしたね」 「共犯だからな。調子こいてるヤツらに痛い目見せてやれるって、連中乗り気だったぜ」 大衆は過激なゴシップを求む。上にはスクープを催促された。 毎日量産される悲劇が誌面を埋め尽くし、片や顧みられず取りこぼされた事実があり、やがて彼は仕事への情熱を失い多くのフェイクニュースを作り出すようになった。 「既成事実の概念は偉大だな。書いたもん勝ち、載せたもん勝ちだ」 電車のシートに座ったサラリーマン、下車時は網棚に捨て置かれる雑誌、ホームレスに回収され十円二十円で叩き売りされるリアル、スマホでパソコンで匿名の連中がほざく『虐待する親なんて全員死刑でいい』『ハズレ引いたね』『ブラック企業死ね』『社畜乙』『まーた中央線遅延、自殺はよそでやれ』『レイプとかデマでしょ』『ブスの被害妄想痛い』 「連中が欲しいのはリアリティ(もっともらしさ)であってリアル(真実)じゃねえ。そこをはき違えると取り返しが付かなくなる」 パワハラ自殺したサラリーマンの遺族に謝りに行った。妻は泣いていた。小学生の息子は誰も信じない目をしていた。レイプ被害の実態を話してくれた女子大生たちに謝りに行った。一番最初に取材に応じてくれた子は摂食障害が悪化、精神病院に入ってしまった。子供が虐待死したアパートに行った。有名メーカーのビスケットがおいてあった。死んだ子は米粉でこしらえた、一口サイズの動物クッキーが好きだった。小麦粉アレルギーで食べられない物があったのだ。母子手帳には子供のアレルギーに悩み、追い込まれていく親の心情が切々と綴られていた。 「俺のファンにしちゃあ節穴じゃねえ目をもってるじゃないか。そうだよ俺は偽物(フェイク)、ジャーナリストの風上にもおけねえニセモノさ。どうせお前らは見たいものしか見たがらない、知りたいことしか知りたがらねんだから真実なんてどうだっていだろ、捏造(フェイク)で十分じゃねえか」 せいぜい憎たらしい笑みで開き直る。 「で、自称ファンでストーカーさんのリクエストは?握手でもしてやりゃ気が済むか、後ろ手縛られちゃ無理な相談だな」 自暴自棄な挑発に対し、薫は寂しげに呟く。 「俺の顔でわかりませんか」 まじまじと見返す。 艶やかな茶髪ときめ細かい肌、物憂い睫毛が縁取る聡明な眼差しと端正な面立ち……見覚えがある。誰かに似ている。 「富樫は母の姓です。父の姓は蓮見」 「蓮見尊の息子……」 愛妻家として知られた俳優。 遊輔のフェイクニュースで自殺した男。
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