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一度は諦念に傾いだ心が反発、右に転がって強烈な一撃を回避。 「逃げるなマスゴミめ、ミゼルちゃんに謝れ!」 「痛ッぐっ!?」 幼稚な罵倒に続き衝撃と激痛が炸裂。 咄嗟に体を入れ替え利き腕の右を守ったが、左腕を殴打された。 俺はゴミよばわりされてもいい、実際ゴミみてえなものを書いてきた、たくさんのヤツを破滅させて誰も救えなかった、嘘でも本当でもゴシップ記事を正当化できるもんか。 けど、仕事までゴミ呼ばわりされたくねえ。 コイツに殺られるくらいならいっそー 「お前がやれ、薫!!」 「ゴミみたいな仕事なんてないよ。ゴミみたいな人間がいるだけだ」 薫がサラリーマンの腕を掴み、鳩尾を蹴り飛ばす。サラリーマンがうっと呻き、即座に崩れ落ちる。 「ッは、たす、かっ、た?」 失神したサラリーマンを跨いで薫が接近、汗みずくで息を荒げる遊輔の縄をほどく。 「折れてはないみたいですけど念のため病院で診てもらったほうがいいかもしれません」 「親父の仇を助けたのは」 「あなたがやったのと同じ、狂言ですよ。少なくとも僕は」 あの記事を書いてくれて感謝してるんです、と囁く。 「父は外面がよかったから、家で起きてる事に誰も気付きませんでした」 「虐待か」 「見た目を損なわないタイプの」 形よい唇が自嘲に歪む。 「当時の僕はまだ子供で、どうすれば地獄から抜け出せるかわかりませんでした。母や先生に言っても信じてもらえない。そもそも言えるわけがない……世間は理想の夫、理想の父親と蓮見をもてはやします。味方は誰もいませんでした」 数々のフェイクニュースを生み出してきた遊輔の右手を握り締め、おのれの額に導く。 「あなたの嘘が救ってくれたんです」 彼だけがわかってくれた。 「何度も読み返しました。一言一句漏らさず覚えています。遊輔さん、書きましたよね。『蓮見尊の本性はただの俗物であり、その行為は被害者を傷付け、家族をも裏切っていたのだった』って」 そのとおりですよ。 「あなたの記事はデタラメだけど、どうしようもない真実を言い当てた」 被害者しか知り得ぬ真実を代弁し、世に広く知らしめたが故に。 風祭遊輔は富樫薫にとって、唯一無二の理解者にして恩人になった。
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