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現実と希望
金曜日の朝。
夫・登は今朝も納豆をすすりながら言った。
「今日も三枝子さんの見舞いか?」
「ええ、そうよ」
「そっか。ああこの人だれだっけ?」
朝のワイドショーの音が虚しく2人の空気を埋めてくれる。
登はテレビを指差して訊く。
「だからー夏森めぐ、よ。何度も訊かないで」静江は苛立つ。
「たしか結婚したんだよな、芸人と」
「そうよ、それこの前も言ったじゃない」
「はあ、そうか」
『では次のニュースです。昨日、高齢女性を狙った新手の詐欺事件で男が逮捕されました。男は横浜市に住む、職業不詳、高橋新造、75歳です』
「ああ!!」静江の目は点になる。警察に連行されるパジャマ姿の男は京一郎先生ではないか!
しかも頭部は河童のように禿げている。
『男は文化講座などを開き、巧みに高齢女性に近づき、病気の治療費が必要などと偽って、大田区の女性から現金300万円を振り込ませたとして、警視庁に逮捕されました。また同様の被害届が複数出ており、警視庁では余罪についても高橋容疑者について調べる模様です』
「先生・・・」
「静江、どうした?」
「この人、あたしの吊るし雛教室の先生!」
「なんだと!?」
「騙された・・・」
「騙されたってお前、まさか、現金を渡したのか」
静江は首を振る。
「なはは、どうりで最近、妙に色めき立ってると思ってたんだ、花が咲いたみたいに。危ないところだったな」
「ふうー」静江はため息をついた。
(そうだ! RINEのメッセージはどうなっているのかしら?)静江はスマホを開く。
『静江さん、日曜日、駅前の噴水広場に12時でどうでしょう?お返事、楽しみに待っています』
(馬鹿・・・京一郎さんの馬鹿!)メッセージを送るも既読にならない。
「なあ、静江。今度の日曜、寿司でも食いに行かねえか、回るやつだけど」登は言った。
「・・・うん。なんだか、ごめんね」静江の声が沈んでいる。
「いや、この歳まで、俺の妻でいてくれたことには感謝しているよ」
「うん。あたしも」
「それからせっかく作った吊るし雛、今日、義母さんに持っていけばいい。喜ぶぞ」
「うん。あたしはこれからも、吊るし雛を趣味に頑張っていこうと思う。可愛いから」
「ああ。静江にも成長できる趣味ができて俺は嬉しいよ」
おわり
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