静江の苛立ち

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「今日も行くんか」登はご飯を咀嚼しながらモノを言う。 「食べながら、喋らないで」 「金曜だろ、今日は」 「そうね、午後に行ってくるつもり」 毎週、金曜日。静江はまだ存命である母親に会うため電車で30分かけて横浜にある老人介護施設「はるかぜ」に、顔を出す。 昨年からのコロナ禍で、お見舞いはガラス越しだが、顔は見せるようにしている。御年90歳の母・三枝子は、数年前、脳梗塞をおこし、体が不自由になったということで、静江の兄弟たちが、分担して高い介護料金を払って施設に預けるということになった。施設「はるかぜ」に一番近くに住む静江はなるべく金曜日には顔を出し、三枝子の必要なもの、欲しい物を渡しに行っている。 「ふう、そうか・・・。茶」登は湯呑を差し出す。 「お茶なら急須に入ってます。自分で淹れて」 「ふん、なんでえ。定年になったらこうも冷たいかね」 「なんでもあたしがお世話するって思わないで。あたしが先に逝ったときのための訓練よ」と静江。 「もういい。ならお茶はいらない。行ってくる」登は出勤に向かう。 「はいはい。いってらっしゃいませ」
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