吊るし雛

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吊るし雛

午後。「はるかぜ」に着いた静江は、消毒、検温を済ませ、病室に向かう。 介護師の付き添いで面会は10分だ。 「お母さん、調子はどう?」ベッドで寝ていると思いきや、母・三枝子は起きていたようだ。 「お母さん、静江だよー」というとガラス越しから三枝子が手をふるのが見える。 若い女性介護師の桜田さんが、病室の三枝子を車椅子に移し、ガラスの前まで三枝子を運んでくれた。 「外はね、桜が綺麗だよ、お母さん」 「そうかい、ずいぶんと暖かくなったもんだね」と三枝子。 「どう? なんか要るもの、ある?」 「そうだねえ、歯磨き粉がもうすぐないねえ」 「わかった。あとで桜田さんに預けておくから」 「うん。ありがとうなあ」 「今日はね、ほら、正彦の子、愁斗(しゅうと)の写真、持ってきたから」 「あら、まあ、可愛いねえー」 「ひ孫がいる感想は?」 「随分と長く生きてしまったねえー」 「まだまだ長生きしてネ」 そうこうしているうちに面会時間の10分はすぐに過ぎていく。 帰り際、静江は、受付で領収証などを受け取るために待合スペースに腰を下ろした。 窓際に、赤い糸で吊るされた布細工のお雛様がたくさんあるのに気づいた。 (あら、キレイ。桃色やピンクが可愛らしいわ。桃の節句は過ぎたけど、きっと素敵だからこうして飾っているのね)静江は窓際に行って、布細工を手にとった。和紙のような風合いと色の取り合わせが綺麗で思わず手にとった。 「これ、『吊るし雛』っていうんです。スタッフが作ったんですよ。もしよかったら、ここにポスターがあるので見てください」介護師の桜田が笑顔でポスターを指差した。 ポスターの写真もまた素敵だった。木の小枝を使った傘の先に幕をめぐらせて、ひょうたんや猿の人形、お花をかたどった布細工、どれもが暖かい雰囲気をもっていて愛くるしい。 「吊るし雛は魔除けや疫病退散、子孫繁栄などを願って寺社に奉納するものなんです。河原さんもよかったら、このポスターのつるし雛教室、行ってみたらいかがですか。きっとできたものをお母様に渡せば、三枝子さんもお喜びになるんじゃないかしら?」桜田は言う。
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