静江の苛立ち

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静江の苛立ち

納豆とご飯をすするように食べる音さえも河原静江(かわはらしずえ)は気に食わない。 夫・(のぼる)のクセは結婚して40年変わることがない。 もちろん、静江も、登の食べ方に黙っていただけではない。 「あなた、ご飯をかきこむように食べるのは止めてちょうだい。品がないわ。お味噌汁もズーズーと音を立てるのも気に障るの」 「なんだって?」登は耳が遠くなってきている。 「納豆は静かに音を立てないで。お味噌汁もズーズーとうるさいのっよ!」 「そんなもの、仕方ないだろ。65年こうやって生きてきたんだ。いまさら変えられるか。男がな、うまそうに飯をかきこむ、これの何が悪いんだ」 「はしたない。育ちが分かるってもんだわ、夫婦の間にもマナーはあるのよ」 「知ったことか」そういって登はたくあんをポリポリ噛むものだから余計に静江は頭にくる。 登が定年になって、夫婦でいる時間が増えたことは、予想はしていたものの、静江には耐え難いものになっていた。 唯一の救いは、勤め上げた会社で、パートで工場の検査員として昼間は働きに出てくれること。 1日中、登に家でゴロゴロされていたらたまらない。 だから仕事のない週末は、静江にはかえってストレスの元になる。 「この女優、誰だっけ」朝のワイドショーが夫婦の会話を埋めてくれる。 「テロップに書いてあるじゃない。夏森めぐ、よ、この前も訊いたじゃない」と静江。 「ああ、そうか。言われれば、そうそうってなるのに、名前が出てこない」登は言う。 「結婚したのよ、芸人さんと」 「そうなのか。へー知らなかった。清楚なお嬢さんが芸人なんかとねー」 「いいじゃないですか、正彦と同じ年よ」 「あーそうか、そんな歳か。正彦と」
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