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一度咲いたら、そのまま枯れることなく、ずっと花開いたまま。
そんな奇跡の植物を、一人の女性研究者が、研究に研究を重ねた末に生み出した。
記者会見の席に現れたのは、今回開発に成功したという『枯れない』赤い花の咲いた鉢と、小柄で、でも凛とした雰囲気のある、白衣姿の美女の姿だった。
「今日はお集まりいただき、どうも、ありがとうございます」
鈴を転がすような声で彼女がそう挨拶した瞬間、ニュースの見出しは、『偉業が花開く、その研究の成果と意義』といた至極真面目なものではなく、『枯れない花にも負けない美しさ、天才女性研究者の素顔』というような方向に決まった。
質疑応答は、研究の過程や今後の利活用といった真面目な考察から、徐々にしかし確実に、彼女個人の話題へと移り変わっていく。この喜びを伝えたい人は? 座右の銘は? 好きな食べ物は? 男性芸能人では、誰が好みのタイプか?
そして、ひとつの質問をきっかけに、報道陣の顔色が変わる。
「研究に打ち込むモチベーションは、何だったんでしょうか?」
「実は、きっかけは、昔お付き合いしていた男性なんです。その人に贈る、特別な花を作りたくて。それで、『枯れない花』を作ろうと思ったんです」
記者たちからどよめきが起こる。
「いろいろあって、お別れすることになりまして……そのときにとてもつらい気持ちにもなったんですけど、最終的には『枯れない花』を何としてでも完成させよう、研究一筋に打ち込もうと決めまして」
格好のネタが投下された、とでも言わんばかりに、一斉に質問の手が挙がった。
「なそんな想いが込められていたんですね! ……では、研究が成功に終わった今なら、またその方に会ったりとか」
「いえいえ、まさか。今さら会おうとか、そんな気持ちはありません」
「会わなくても、完成したこの花を届けたりなんてことはできるのでは?」
「ああ、そうですね。でも、もう連絡先もわからないので」
明らかに会見会場の空気はヒートアップしていった。その男性との馴れ初めは? お付き合いの期間はどれくらい? もし今また会えるとしたら、何を話す? 矢継ぎ早に、やや品性の下がった質問が飛ぶ。こそこそと、急いで相手の男性を調べるよう指示を出している週刊誌も見受けられた。
会見場はすっかり芸能ゴシップの様相を呈してきたため、司会を務めていた研究員が見かねて、場を収束にかかった。
「そろそろ、質問を打ちきります。最後の質問、これは彼女個人ではなく、研究についてのものにしてください。何かありますか」
「では、いいでしょうか。……『枯れない花』の名前は、あなたが決めるんですか。どんな名前にするおつもりですか」
「ええと、花の名前は正式に新種と認められてから、わたし個人で決めるのではなく、今まで共同でやってきたチームのみんなで決めようと思います」
それまでの過熱がすっと引いた、無難な回答だった。
しかしそこで、白衣の女性研究者は、言葉を付け加えた。
「……でも、もし、希望を出せるなら」
目の前の、鉢からすらりと伸びる赤い花に、慈しむような視線を向ける。
「花言葉は、考えているものがあるので、それを付けたいですね」
「花言葉ですか、なるほど。それはいったい、なんですか?」
「『絶対に許さない』です」
今日一番の笑顔を浮かべて、彼女は答えた。
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