下弦の月は真夜中に嗤う

2/11

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
「いいじゃない。少しぐらい。付き合いなさいよ」 「そんなわけにいかないよ。帰らないといけないのは、わかるだろ」 帰りを待つ人がいる。 それがこんなにも後ろめたく、罪悪感を覚えるとは自分でも意外だった。 俺と彼女は既に終わった話。 そう思っていた。 大雑把であまり執着をみせない彼女。体以外の相性もよかったのだろう。彼女は俺を指名し続けて、そして俺はここまできたのだ。 「ほら、シャンパンの泡。美味しいよ」 月を浮かべてまた一口飲んで、微笑みかける。 泡を楽しむのが彼女流だ。以前そんなことを話したことがある。 ──シャンパングラスってね、底にわざと傷をつけてるから綺麗に泡が出るの。ほら、筋が一本二本と混ざりあって登ってく。水槽のブクブクみたいに。 エアレーション。 えあ? エアレーション。水槽のブクブクはエアレーションって言うんだ。 へぇ。 そう言って満足そうに微笑んで、シャンパンを口に含んで俺にキスをする。口移しで飲んだシャンパンは理性を溶かすのに十分だった。艶美な香りが鼻に抜けた── つい、余計なことまで思い出す。短く息を吐いて首をすぼめる。 「で?俺が結婚するって?」 彼女は片側だけ八重歯を見せて笑う。 「そう。おめでとうも言わせないで、つれないじゃないの」 「なんで知ってるんだ?誰にも言ってなかったのに」 「あら、わたし、こう見えて地獄耳なのよ。それにあなたの動向ぐらい察しがつくわ」 盗聴器。 いつから? 俺の携帯に仕込んでるということも考えられる。 まあ、いい。後で全て廃棄するし、俺の部屋は発見機で調べれば済むことだ。 しかしなんの目的で……
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加