下弦の月は真夜中に嗤う

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彼女とは『仕事』上の関係だ。それ以上はない。高級デート倶楽部の客。月に二、三度会う夜伽(よとぎ)役でしかない。だからお互い本名も素性も明かさない。そういうルールのもとで割り切った関係をしてきた。 それがもう二年も続いた。 続きすぎるのがよくなかった。 だから、前回(・・)が最後のはずだった。 俺は目的を果たし終え、彼女の前から姿を消すつもりでいた。 もう会う必要はない。と、そう決めたのだ。 『結婚祝いに渡したいものがあるの。これから来て。いつものホテル』 そのなんでもないように話す、フラットな声の響きが俺の心臓を凍らせた。 彼女は倶楽部の経営者(コーディネーター)から俺が辞めたことを知っているはず。にもかかわらず(こんなことは一度だってなかったのに)再び会いたいと直接(・・)連絡してきたのだ。 しかもこんな、明日挙式を控えているというタイミングに。 一条 舞彩(まや)、去年知り合った女性と、俺は結婚する。お互い身寄りがないので二人だけで慎ましやかに、式を挙げる予定だった。 なぜ…… なにか勘違いをしているのだろうか? 彼女とは、そんな親密なものだったろうか? もっとドライで素っ気ないものとばかり思っていた。 その反面、また会えると喜んでいる自分がいて、それを騙して気づいてない振りをしているのも、事実だ。 一方的な俺の解釈でしかない、同情でも、友情でも、妥協でもなく、ただ必然だったのだ。と俺は思う。 彼女も同じなのだろうか。
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