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「あなた見たかったんでしょ?これ。もともと私が大事にしていたものではないし。いいわよ。好きにして」
かねてから話に上っていた件の絵。俺が見せて欲しいと、前々から打診していたものだ。
できるだけ平静を装って、訊ねる。
「いいのか?母親から譲り受けたものだろう?」
「ええ。どうぞどうぞ」
と言いながら、グラスを置く。俺の肩越しに擦り寄り、髪を撫でる。
内心をまさぐられるようだ。
この絵は元々、彼女の母親が所蔵していたという。
その出自を聞いて俺は、自分の探しているものでないと悟った。
むしろ俺は嫌な予感さえしていた。
やはり見るべきではなかったのかもしれない。
複雑な感情が、心の襞を掠めて疼く。この絵を見た瞬間に湧いた純粋な感動や、描き手の執念や、モデルに隠る静謐な情熱が、俺の中で溢れ交わってゆく。
このモデルが、どことなしに引っかかりを覚える。
けれど次に沸き起こる強い感情が、それをかき消す。
怒りだ。
そして憎悪。
俺の血を再び滾らせる熱い復讐心。憐憫に似た、しかし同族嫌悪の感情。
俺は、この作者に実際に会ったことはない。
しかしこいつをよく知っている。
贋作師──門山 磊
これは、俺の親父が描いた絵に間違いない。
◇
十八の夏まで俺は、オヤジは死んだと聞かされてきた。
しかし俺の母親が死の病に伏せ、いよいよという時になって初めて、オヤジが生きていると打ち明けられた。
自責の念に耐えかねてなのか、とつとつと、母親は告白した。
生まれて間もない俺と母親を裏切り、若い女を連れて逃げたこと。
養育費が定期的に贈られてきたこと。
もし俺の身に何かあった時、『門山 磊』という絵師を頼りなさいと。
いまさらそんなことを聞かされても、なにも感じなかった。
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