下弦の月は真夜中に嗤う

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俺にはなんの関係もない奴だと、そう思ったほうがしっくりくる。 だから母親の死後、もう肉親は誰もいない。要らない。そう考えた。 実際、そうして二十歳(はたち)をすぎるまで真っ当に生きてきた。 ある事件を目の当たりにするまでは。 当時俺は、麻布の高級レストランでホールスタッフとして働いていた。その店のオーナーが、かなり(いか)つい頬に傷がないのが不思議なほどの人物で、従業員からは皆恐れられていた。店の売り上げや接客態度のことで、閉店後のミーティングとは名ばかりの、罵倒と恐喝じみた根性論で説教が延々と行われる。その理不尽な叱責で、大の男が悔しさのあまりに泣き出す奴もでるくらいなのだ。 いま思うとよく耐えていたと思う。 そんなオーナーが、絵画の蒐集にハマった。文字通り()められたのだ。 店に飾られた絵画数点が、詐欺グループに掴まされた贋作だと発覚する。 その時のオーナーの顔はいまも忘れられない。内心ざまあみろと思ったが、悪いことは重なるもので、オーナーが経営する輸入車販売店が不渡りをだし呆気なく破綻する。その煽りを受けてレストランも閉店。オーナーはその後失踪、今も行方しれずだ。 あとから聞いた話だが、その詐欺グループに投資話でも被害にあっていた。だいぶ溶かしたその穴埋めで、会社の金に手をつけたのが原因らしい。 そして同時に、店に飾られていた贋作の作者が『門山 磊』の手によるものだと聞かされた時、俺は初めて震えるほどの怒りを覚えた。 オーナーは自業自得と言ってしまえばそれまでだが、元はと言えば悪事を働く詐欺グループを憎むべきで、それに手を貸している贋作師、俺の父親も同罪だ。 自分の描いた絵が、間接的にであれ誰かを不幸にすると想像ができたはずだ。 俺たちを捨て、それでも飽き足らずに他人を不幸にする。人を騙して金を儲ける。そういった神経が信じられなかった。 稼いだ汚い金を、俺の養育費だと称して母親に贈る。 俺は知らぬ間に、人の不幸の上で何不自由なく生活していたのだ。 それを偽善者然として父親らしく振る舞うあいつと、無邪気にのうのうと生きてきた自分の馬鹿さ加減も相まって、俺は激しい怒りを覚えた。 この男だけは許せないと思った。 だから、詐欺グループが所有する贋作を見つけ出し、すべて潰してやろうと決意した。
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