下弦の月は真夜中に嗤う

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国道沿いのレンタル倉庫の中で、埃とオイル臭い匂いと共に、その幻影を振り払う。 他の贋作と同じように、これが俺にとって最後の一点となる絵画を置き、ガレージを閉める。 もうここも、しばらくしたら全て処分しよう。 あの絵を見たことで俺の感情が揺らいでいる。 そして確信を得てしまった。 別れ際に交した、受け取れ、受け取れないの押し問答を思い出す。 確かにこの絵はオヤジが描いたものだ。けれど贋作目的で描かれたものではなかった。 彼女の母親のために描かれたもの。それが大切に保管されていたことを鑑みると複雑な心境に陥る。 おそらく…… 結局、譲り受けることになった。 抱きしめる彼女の手をほどいて、言えなかった言葉を、いま呟いた。 「さようなら。義姉(ねえ)さん」 ◇ ガレージから距離をとり一旦車を停止して、GPS遮断ケースから携帯を取り出した。 『これから帰る』 舞彩にメールを送る。 上手い言い訳を頭の中で用意しながら粘着性のローラーを身体にあてがい、消臭スプレーで女の気配を消す。 俺の裏家業を知らない舞彩。 そんな彼女だからこそ、俺の失ったものを思い出させてくれた。 真っ当に働いていたあの頃、料理が好きで、それを給仕する仕事が好きだった。美味い料理を口にしたときの客の笑顔にやりがいを感じていた。あの頃の目の輝きを、舞彩が思い出させてくれたのだ。 なんにでも感動する純粋さが、その屈託のない笑顔が、俺にはもったいない気さえした。
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