下弦の月は真夜中に嗤う

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◇ 「(しょう)ちゃん。おかえなさい」 この笑顔を守りたいと思ってしまう。 「すまない。急に先輩に誘われて」 「お疲れ様。じゃあ。ご飯は?」 「ああ、少しもらおうかな。せっかく用意してくれてるんだし」 ニコリと微笑んで、抱きついてくる。犬のように鼻をひくつかせて舞彩は言う。 「正ちゃん、いい匂いする」 心臓が跳ねる。 咄嗟に逃げ道を修正する。 「いや、雰囲気のいい店だったから」 「あ、ずるい。じゃあわたしも今度そこ、連れてってよ」 意外と嫉妬深い。 「あー。いいよ。おかまちゃんが沢山いるけど。あはは」 「げー。なにそれー。そんなところ行ってたの。やだぁ」 「付き合いだよ。付き合い。シャワー浴びてくる」 ネクタイを緩める。指の間から、つーと髪の毛が出てきてゾッとする。明らかに舞彩ものではない。 彼女(・・)のものだ。 舞彩に見えないよう引き抜く。 慌ててトイレに逃げ込みそれを流した。 バスルームでシャワーを浴び、髪を梳かしていると、異物が当たる感触がある。 後頭部の髪と地肌の間。 髪の根元に、ガムのようにくっついている。 今まで気づかずにいた。硬いコインのような形状のものが、両面テープで付けられているようで、剥がそうにも剥がれない。 そしてこれがなんなのか俺は理解した。カミソリを持ち、根元の髪ごと切りはがす。 やはり。発信機だ。 やられた。 彼女に、してやられてしまった。 俺たちの新居を知られてしまったのだ。 と同時にドアのチャイムがなる。 「はーい」 ダメだ!開けるな!
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