落花生

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落花生

 ──おぎゃあ……!  赤ちゃんの声が聴こえた。  近くで誰かが出産したんだろうな、と一瞬でも呑気なことを考えてしまった自分を恥じる。こんな森の中で出産なんて、後ろめたい事情があるに違いないじゃないか。不義の子か、あるいは予期せぬ事情で子を宿してしまったのか──いずれにしても、森で出産するということは棄てる気なのだろう。  赤ちゃんポストの存在はだいぶ認識されてきたとはいえ、産んで放置する事件は絶えない。まさか近所の森で起きるとは思っていなかったが。  もちろん見過ごす気はサラサラない。正義からではなく、毎朝散歩している森で赤ちゃんの遺体が発見されるのは単純に気分が悪い。せっかくの朝の楽しみが台無しになってしまう。通るたびにここで赤子の遺体が……なんて考えたくない。  ──おぎゃあぁああぁぁあ……ああぁぁぁああぁ!!!  声が大きくなる。母親はまだいるだろうか。ここまで人影を見ていないから、すでに反対の方角へ逃げてしまった可能性も高い。  ザクザクと雑草を踏みつけ、声のする方へ歩く。次第に大きくなってくる声は母親の乳を求めて泣いているようでいたたまれない。  早く見つけてやらなければ。次第に早足になり、最後には全速力で駆けていた。  赤ちゃんの声は、森で唯一開けた場所の方から聴こえてきている。あそこは春になると綺麗な桜が咲くお花見スポットだ。大きな公園にあるお花見スポットには敵わないが、知る人ぞ知る場所なのだ。 「あ、いた……良かった」  太陽の光に照らされて輝いている赤ちゃんを見つけた。やはり母親はいない。  病院に連れて行ってやろう。それから警察に連絡と……頭の中でやるべきことを整理しながら赤ちゃんに近付いて抱き上げようとする。  ──おぎゃあ!  不意に、頭上から赤ちゃんの声が聴こえた。  驚いて見上げると、見たことのない真っ赤な丸い果実から、赤黒い液体を滴らせた赤ちゃんが、今、生まれようとしていた。  ──おぎゃぁあ! 「うわ!」  赤ちゃんが声を上げた瞬間、大量の液体が降りかかり、反射的に目を瞑る。ツンとした、嗅いだことのない臭いが気持ち悪い。  数秒後、少しだけ臭いが薄くなった頃に目を開けると、赤ちゃん達の姿はどこにもいなかった。
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