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冬の森と半そで短パンの子供
雪に覆われた森林は幻想的だ。この世のものとは思えない一面の銀世界に佇む木々の姿は雄々しく、畏怖の念を抱かせる。
まだ誰も足を踏み入れていない、真っ白な雪に初めの足跡をつけるために森を訪れるのは毎年の習慣となっていた。早朝、薄暗い時間帯に雪を踏む音を響かせる行為は、ある種の支配感を抱かせる。逆らう者は誰もいない。大きな音を鳴らしても、たとえ立ち入り禁止の場所に入ろうとも、咎める人はいないのだ。傍から見れば足を大きく上げて歩いている様子は、良い大人が何をやっているんだと言いたくなるような光景だが、早朝の森には人っ子一人いない。自分の天下なのだ。
今年もいつも通り森に最初の足跡を刻む。毎年の行事をやり終えた達成感が心を満たす。ここからは満足するまで森の中を歩くのだ。
「ん、あれ? 誰かいる?」
右足を雪に埋めてから気付く。数メートル先に人がいる。チェッ、先を越されたかと思うも、すぐに異常を察知した。
短パンと半そでを着た、小学低学年ぐらいの男の子……いや、女の子か? 性別はわからない。しかし、季節はずれな上に周囲に足跡がないのはどう考えてもおかしい。
近付かないほうが身のためだ──素早く判断し、戻ろうとするも、落ち着いていたつもりだったがどうやら焦っていたようだ。長靴が動かない。いよいよもって焦りだす。
季節はずれの子供がこちらに振り向く。
顔が、ない。
顔がないから表情は読み取れないはずなのに、笑っていると思った。
戸惑っていると、子供はのんびりとした足取りでこちらへ歩み始めた。
長靴を諦めて走り出す。
長靴を履いていない右足が氷や小石を踏んで痛い。痛みに耐えながら車を停めてある場所まで走って走って、運転席のドアを開ける。
エンジンをかけて周囲をろくに確認せず発進させる。
森から離れる直前にちらりとミラーを見ると、子供は手を振っていた。
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