2人の時間

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「じゃあ、ちょっとだけチュウでもしてみる?」 「えっ」 わかりやすく反応する彼女に、少しだけ残念な思いを抱いてしまったけれど。 「ほらな、やっぱりまだ心の準備とか必要なんじゃない? 焦らなくていいから、2人のタイミングでいいんだって。その時が来たら遠慮しないから」 最後は半分冗談のつもりで。 でも半分本音も混ざっている。 したくないわけじゃない。 でも今じゃないと思うから。 ようやく俺の想いが伝わったのだろうか。 朝子はこくんと頷いてくれた。 「変なこと言ってすみませんでした」 「全然! むしろ一人で悩まないで話してよ。朝子より長生きしてる分、もうちょっと頼ってほしいんだけど」 「でも信太朗さん、いつも仕事大変そうだし」 「あーっ、忘れてた。シフト作り直さなきゃいけないんだった」 そういえば、ここは店の事務所だった。 一気に現実に引き戻される。 幸せな時間は、永遠には続かないもんだよなぁ。 「終わるまで待ってちゃだめですか?」 「どれぐらいかかるかわかんないし」 「その間に、心の準備します」 「え?」 「チュウしたいです」 「……まじで?」 耳まで真っ赤にしながらも、朝子は躊躇いなく頷いた。 ここまで言われてしまったら、期待に応えないわけにはいかないじゃないか。 「わかった。さっさと仕事片付けるから」 「ゆ、ゆっくりでいいです」 まだ少し及び腰なのが可愛い。 名残惜しいけれど、最後にもう一度ぎゅっと抱き締めてから体を離す。 パソコンを開きながら朝子の様子を伺うと、照れているのか微妙に俺と距離を取って向かいの席に座った。 「朝子、好きだよ」 「……信太朗さん、いじわるです」 「ははは、なんだよ、それ」 ゆっくりだけれど、確実に2人の仲は進んでいると実感する。 そうやって2人の時間を積み重ねていきたい。 目の前に彼女がいてくれる幸せを噛みしめながら、パソコンに向かった。     fin
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