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「おはようございます」
遠慮がちな声が聞こえて顔を挙げると、朝子がこちらを伺うような目を向けて立っていた。
「あれ、もうそんな時間!?」
壁にかけられた時計を見ると、16時半を過ぎていた。
「は、はい」
「まじか! やばっ。発注終わってない!!」
急いでパソコンの画面を閉じて。
そのまま事務所を飛び出そうとして慌てて立ち止まる。
「おっと、ごめん。おはようございます」
言いながら、大袈裟にお辞儀をする。
危ない、危ない。
挨拶は基本だ。
店長としていつも皆に言っているのに、自分が怠るところだった。
「おはようございます」
ふわっとした笑顔で応える彼女に、思わず見惚れてしまう。
まさか自分が10歳も下のバイトに手を出してしまうなんて考えもしなかったよなぁ。
まぁ、厳密に言うとまだ手は出してはいないのだけれども。
……いやいや、落ち着け、俺。仕事中だぞ。
よからぬことを妄想しかけてしまったじゃないか。
「私、ちょっと早めに入りますか?」
「いや、大丈夫。たぶん」
シフトより余裕をもって出勤してくれる彼女に、何度助けられたことかわからない。
今だって、本当は1分でも早く仕事に取りかかってもらいたいのだけれど、人件費を削減しろと本社から強く言われてしまった。
コロナ禍のせいで飲食業界は大打撃を受けまくっている。
うちの店なんて駅から離れたところにあるもんだから、売上なんて下がる一方だ。
駅前の店舗だと幾分かは、ましなようだけれども。
今ですらギリギリの人数で回しているのに、これ以上どう削ればいいのやら。
ため息をこぼしながら、パソコンに視線を向ける。
「また本社からですか?」
「うん」
俺のちょっとした仕草だけで察してくれたようだ。
「すぐ着替えるので、何かあったら呼んでくださいね」
「ありがと」
朝子から溢れ出る穏やかな空気のおかげで、イライラが治まっていく。
うだうだ言っててもどうにもならない。
目の前の仕事を1つずつ片付けていくしかないんだ。
さてと。
やりますか。
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