ドラゴンの執事

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「旦那様、またそのお姿でございますか」 事件から1ケ月後。再建された館では、老執事がジェマに抱っこされた小さな龍に溜息をついていた。 「あの時、鎖から抜け出すために小さくなったがこの姿はなかなか良いぞ!ジェマに頭を撫でてもらえる。どうだ、羨ましいだろう!」 立派な髭をゆらゆら揺らしながらニンマリ笑う主人に、執事はムッとする。 「しかし、旦那様に変身能力はないはずでは」 「変身は出来ぬが体のサイズは変えられる。どうだ、凄いだろう!」 龍は抱っこされたまま自慢げに、ふかふかな胸を張った。 「父上、あまりにいじわるしないで」 ジェマはそう言うと、龍の金色に輝くふわふわの背中を撫でた。 「私ね、今はとっても幸せ!だって一遍に父上が二人も出来たんだもん!!」 ジェマの言葉に、険悪だった二人の父親達の表情が心なしか緩んだ。 「もう私、人に合わせようなんて思わない。私は私だもん!人に好かれるために自分を無理に変えるより、今自分が大切にしたい相手を大事にするの!」 ジェマはそう叫ぶと目の前の執事に抱きつく。 「お嬢様……」 執事が感極まって涙声になると、娘と執事に挟まれた龍が苦しそうに手足と翼をパタパタ振ってもがく。 「つ、潰れる!」 「ですから旦那様、威厳ある元のお姿にお戻りを」 「ふん!ジェマに可愛がってもらっているわしの姿につまらぬ焼き餅を焼きおって!」 「滅相もございません。幼い娘をおんぶしたり肩車したり髪を結ってやったりするのが、父親たる醍醐味!恐れながら、娘に頭を撫でられて喜んでおられる旦那様は父親道(ちちおやどう)の邪道かと」 ふぉっふぉっふぉっ!と、主をあざ笑う老執事を龍はぎろりと睨んだ。 「何の流派だ!それは!?(ドラゴン)のわしが威風堂々と邪道を歩んで何が悪い!いや、待てよ」 そこで、もふもふ龍はハタと膝を打つ。 「お!そうだ。焼くと言えばジェマよ、2人でこれから世界征服の旅に出ぬか?わしの背に乗り大空を駆ければ、モヤモヤやクヨクヨなど立ち所に吹き飛んで、きっと毎日が楽しいぞ!」 「え、本当?」 「いけません!旦那様!私の娘に何をさせる気ですか!?」 青ざめる執事の台詞に龍はニヤリと笑う。 「では、お前も仲間に入れてやる。わしとお前で、どちらが先に世界を手中に納めるか競争だ」 「旦那様、本気で私に挑むおつもりですか?よろしい。その勝負、お受けします。長年旦那様に気を遣い過ぎて年齢以上に老け込んだとはいえ、まだまだ現役!元勇者の力を持ってすれば世界など3日で落とせます!」 鼻息荒く宣言する執事に、龍も負けてはいない。 「何を言う!わしなら1日で十分だ!」 「(わたくし)ならば、1時間!」 「何をこしゃくな!10分だ!」 世界を質にとり、とんでもない賭けを始めた龍と老執事。 ぎゃあぎゃあと言い争う父親達を見つめながら、ジェマは思う。 私はずっと前から、黄金にも勝る宝物をこの手にしていたのだ、と。 人にはなれなかったけれど、人としては生きづらいけれど、私は私なりにあるがままに生き続けることはできるだろう。 この愛おしい父親たちと一緒に。 「それに私がいないと、この困った父上たちを止める人がいないもんね!」 「うん?それは愛くるしく美しいわしのことか?」 「いえいえ、きっと精悍で頼もしい私のことでございますよ」 ジェマの言葉を自分に向けられたものだと、またも揉め出す主と執事。 2人の父親たちをニコニコ笑って見守るジェマ。 そんな3人を遠巻きに眺めながら他の使用人達は内心、 「お嬢様、どうかいつまでもお屋敷にいて下さい。さもないと、旦那様と執事さんが大暴走して我々の手には負えません!!」 と、涙ぐみながら必死に懇願しているのだった。
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