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「好奇心旺盛な青年のために、今日は一風変わったネタを用意しておいた」
そう言って、修士2年の梶原七緖先輩は、積み上げられた小箱の山から新品のチョークを手に取った。
九鳥大学文系棟4階、社会心理学研究室。
難しそうな文献が、壁一面にズラリと並ぶこの部屋は、人環随一の才女と称される七緖先輩の実質的な居城だ。院生ルームが好きじゃないという彼女は、連日連夜この部屋に居座り続け、公共のスペースを半ば私物化するまでに至った。
七緖先輩のトレードマークは、腰まで伸びた長くて艶やかな黒髪。スラッとした背丈。白のシャツにグレーのジーンズと、男みたいなカッコいい服を着てるから、姿を見ればすぐにそれと分かる。
僕が研究室を訪ねると、彼女はいつも自分の専門分野について、ささやかな雑学だとか最新の研究動向だとか、瞳をキラキラさせながら語ってくれる。本人は自覚してないけど、自分に正直な人なのだ。でもって僕はその時間が大好きだ。面白い話を聞くために、そして半分くらいは、先輩に会いたいという邪な目的のために、僕はしょっちゅうこの部屋を訪れている。
「青年、君は『千里眼事件』を知っているか?」
七緖先輩が黒板に文字を書き付ける。なんだか面白そうな言葉が出てきた。椅子に座って、本格的に話を聞く体勢に入る。
「千里眼……ですか? 遠くを見たり、物を透視したりする、あの?」
「その千里眼だ。具体的には、透視、物体の捜索、遠見、及び近い未来の予言、などだね。創作のネタにしやすいからか、漫画やらアニメやらによく登場する」
「しますね……でも、それが心理学と関係あるんですか?」
「大ありなんだよ。今でこそ、千里眼は迷信としてカテゴライズされているがね。かつてはその実在が本格的に議論され、研究された時代があったのだ。今日はその話をしようと思う」
ポットに水を入れ、スイッチを付ける七緖先輩。彼女が自前で用意したものだ。来客に対しては必ず一杯振る舞うことにしている彼女に、僕は紅茶の美味しさを教えて貰った。
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