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隠れて致すと、命は貰ったぞ。
意味を考えるまでも無い、明らかな脅迫の言葉だ。
「くっくっく……実に興味深いだろう? 犯人は誰なのか、どのような目的で犯罪に及んだのかは、今に至るまで明らかになっていない。だがね、ただでさえ実験の厳密性を問われていた『千里眼実験』にとって、この2つの事件はあまりにも致命的すぎた。御船千鶴子や長尾郁子が有するとされた『千里眼』は、実在の可否を学問的に判断されることのないまま、スキャンダルの次元に貶められてしまったんだ。……ここまでオッケー?」
「はい、オッケーです」
先輩の話が早いのはいつものこと。言っていることを理解するのにも、もう慣れっこだ。
「事件後、千里眼肯定派の論調は急速に勢いを失っていった。元より向けられてきた疑問の眼差しが、いよいよ拭いきれなくなったのだね。それでも福来はじめ多くの人間が千里眼の実在を示そうとしたが、もはや形成は決まっていた。千里眼を嘘だと、迷信だとする社会の流れが、既に出来上がってしまったのだ」
「……その流れが今も続いている、と。歴史にifは無いって言いますけど、もしも千里眼が科学的に証明されていたら、大学に超能力研究室なんてものがあったかもしれないんですね」
「そういうことだ。まあ、私は千里眼などトリックだと思うがね」
うん。僕も同感だ。
透視とか予言とかサイコキネシスとか、あったら良いなって思うことは、僕だってある。だけどそれは、裏を返せば、現実には無いって意味だ。
一昔前の心霊ブームもそう。心霊写真とか、ポルターガイストとか、金縛りとか。確かに怖いんだけど、科学的に説明出来ないことはほとんど無い。
あるいは僕の思考回路も、科学万歳の世の中だから培われたものなんだろうか?
「かくして、心霊学、催眠術、変態心理学と名を変えて続いてきた『精神』へのアプローチは、学問の表舞台から姿を消すこととなった。彼らが目指した『霊の実在証明』は、ここに偽であるとされたわけだ。なおも研究を続けようとした者たちは、嘘つきだ、ペテン師だと罵られ、日の当たる場所から追放されていった……賢い私にしてみれば、大人はみんな嘘つきなのだがね」
「……あなたもいい大人でしょうに」
「私は嘘を吐かないよ?」
「それ自体が嘘という可能性もありますよね?」
「君はなんと理屈っぽい男なんだ。女の子にモテないぞ?」
「余計なお世話です!」
好き勝手言ってくれる。人の気持ちも知らないで……。
声にならない声でぶつくさと文句を言いつつ、僕は先輩が淹れてくれた紅茶を啜る。
いつもより香りが薄かった。何故だろう? ちゃんと3分待ったんだけど。これじゃ紅茶というより、ただのお湯だ。
「ところで青年」
茶葉の色はちゃんと出てるよなと、カップの中身を覗き込んでいると、七緖先輩がカップを片手に、僕の真向かいにやってきた。
綺麗な瞳。こうして正面から見詰められると、僕はいつもドギマギする。慣れる日は来るんだろうか。
「……七緖先輩?」
「――どうして私はこんな話をしたと思う?」
「へ? どういう意味ですか?」
問い返すと、先輩はどこか憂いを帯びた表情で、紅茶を一口啜った。
「私の専門は?」
「社会心理学……ですよね?」
「そうだ。千里眼を研究する超心理学じゃない。もちろん学術史でもない。君に話したことだって、友人から聞きかじった程度の豆知識に過ぎないんだ」
そこまで言われて、僕はハッとなった。
「千里眼事件……たしかに面白いテーマですけど、先輩がいつも話してることとは、毛色が違い過ぎます」
「そうだね。私の研究は集団の中におけるストレスを対象としている。これまで君に教えたことも、そこに関係する内容だ。むしろそれしか話せない」
「じゃあ、どうして今日は千里眼なんて」
「……理由が知りたいか?」
「七緖先輩が訊いてきたんじゃないですか」
そう言うと、彼女は何故か覚悟を決めたような顔になって、
「君は気付いていないようだがね、今まさにこの瞬間に、霊の実在が証明されたのだよ」
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