霊の実在証明

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 ――え? 「なに、言ってるんですか? 意味が分かりませんよ。ちゃんと説明してください」 「……どうしてこうなったんだ」 「七緖先輩!」  溜息を吐く先輩の姿に、奇妙な、けれど何かがズレているような不安感を覚えて、僕は彼女を問い質す。  七緖先輩はしばし口を閉ざした後、おもむろに腕を持ち上げて、艶やかな指で僕の眉間を指し示した。 「まだ分からないのか?」 「何がですか」 「いいかよく聞け。。3日前、軽自動車とトラックの衝突事故に運悪く巻き込まれたんだ」  それを聞いた瞬間、僕の頭に刺すような痛みが走った。 「……嘘、ですよね? 僕が死んでる……? そんな、そんなわけないですよ! だって僕は、今ここにっ……!」 「嘘ではない! むしろ嘘であればどれほど良かったか!」  抑えきれなくなったかのように先輩が声を荒げた。 「私は君の通夜に行った。葬式にも行った。献花も、坊主の読経も、泣き喚く君の家族の姿も! 運び出される棺桶も! その時感じた喪失感も! 全て明確に記憶しているんだ! 己がまだ死んでないと言うのなら、君は今日どうやってここに来たか答えてみたまえ!」 「っ、そんなの! いつも通りに家から――」  家から……どうやって来たんだ? 徒歩? 自転車? バス? 大学についてから研究室まではどうした? 階段を上った? エレベーターを使った? ついさっきのことじゃないか、どうして覚えてないんだ? 「分からないだろう? 当然だ。君は今から10数分前、突如として部屋の中に現れたんだ。いつも通りの何食わぬ顔でね。さすがに目を疑ったよ」  感情を押し殺した声で先輩が告げる。恐怖に駆られて思わず手を伸ばした。けれどそれは、先輩の身体に触れることなく、彼女をすり抜け虚しくも空を掻く。 「嘘だと……言ってください」 「無理だな。私は嘘を吐かない」  いつからだろうか、僕の手は透明になっていた。手だけじゃない。足も、身体もそう。段々と薄くなっていく。床が透けて見える。”僕”が消えていく。  ああ……僕、死ぬんだな。 「……どうして、君はここに来た?」  七緖先輩が問うた。 「私に恨みでもあったのか?」  違う。絶対に違う。僕が先輩を恨むわけない。だって僕は、あなたを――。  そこまで思って、僕はようやく、自分の未練を自覚した。 「……大好きです、七緖先輩。それだけあなたに伝えたかった」 「そうか。私は君が嫌いだがね」  素っ気ない声で、先輩が言った。 「……嘘ですよね」 「本当だ。大嫌いだよ。話してるだけで反吐が出る」 「嘘です。嘘! 嘘! 嘘! 絶対に嘘です! 僕のことが嫌いなら、先輩はどうして――」  どうして、泣いてるんですか。 「これは、あれだ。喜びの涙だ。研究の邪魔者が消えて、清々してるのさ」 「……大人はみんな嘘つきですね」 「そうだ。だが私は嘘を吐かない。心から君を嫌悪しているよ。だから、ほら。君も早く逝くんだ。死んだ者がこの世に残ってはいけない」  頬を伝う涙を手の甲で拭って、七緖先輩が笑う。『花の咲いたような』という枕詞が、これ以上に似合う笑顔を僕は知らなかった。  意識が薄れていく。叶うなら、もっと彼女と一緒にいたい。だけどもう時間切れだ。  せめて最後にあと一言。別れの挨拶だけでも。 「……ありがとう、先輩。さようなら」 「ああ。縁があればまた会おう。幽霊がいるんだ。生まれ変わりだって、きっとあるだろうからな」 「……それ、本当ですか? それとも僕を見送るための嘘?」 「さあな」  ひょいと肩を竦めてから、言葉足らずだと感じたのか、先輩はこう付け加えた。 「ま、嘘であって欲しくはないな」
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