2人が本棚に入れています
本棚に追加
両親にどう答えたのかは覚えていません。ですが、気がつけばわたしの足はある場所に向かっていました。
……あの人に最初に会った時、どこかで見たような気がしていました。今ならわかります。あの人の顔を見たのは、鏡の中。そう、あの人とわたしは、どこか似ていたのでした。
そして、両親から聞いた経緯。そっくり同じような話を、その人の口から聞いていました。
いつもの公園。今年は暖冬で、早いうちから桜が咲いていたので、もう花は半ば散ってしまっていました。
あの人は桜の側に立っていました。散り行く花を見ていました。
サクラさんは、わたしを振り向きました。
「あら、ハルちゃん」
わたしは言葉が出ませんでした。サクラさんは微笑みました。
「ハルちゃん、今日が誕生日だったわよね。……これをあげるわ」
サクラさんが手にしていたのは、一冊のスケッチブックでした。
「また旦那の転勤が決まったの。もうここを離れるわ。だからこれは、誕生日のお祝いとお別れの挨拶代わり。約束してた絵よ」
スケッチブックをめくると、綺麗な水彩画が描かれていました。満開の桜の花と、その木の下に佇む少女。描かれたわたしは、幸せそうな満面の笑みをたたえて絵の中にいました。
「あ……」
あなたは、わたしの母ですか。
その言葉は、ついにわたしの口から出ることはありませんでした。
「ありがとうございます。大切にします」
サクラさんはにこりと笑いました。
「……サクラさん。もう、会えませんか?」
「そうね。縁があったらまた会えるかもね」
そう言いつつも、サクラさんがもうわたしの前に現れないだろうことは、何となくわかりました。
「じゃあね」
散る桜と共に、サクラさんは公園を去って行きました。
サクラさんが行ってしまってから、わたしはもらった絵の隅に小さく字が書いてあるのに気づきました。
「あなたの人生が、美しく花開きますように。」
それを見て、わたしの頬に涙が伝いました。それは確かに、サクラさんから大人になるわたしへの餞の言葉でした。
最初のコメントを投稿しよう!