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サクラって呼んで、とその人は言いました。
お礼代わりにもらったジュースを飲みながら、わたしはその人──サクラさんと話していました。サクラさんという名前は本名ではないようで、サクラさん自身はペンネームとかハンドルネームのようなものだと言っていました。
「サクラさんは、絵描きさんなんですか?」
「昔は目指してたこともあったけどね。今はただのアマチュア。でも絵を描いてる自分は、日常の自分とはちょっと違うモードになってるから、絵を描く時だけはそれ専用の名前にしてるの」
それはわかるような、よくわからないような説明でしたが、納得するような気にもなりました。
「旦那がね、転勤の多い仕事をしてるの。新しい土地に行く度に、季節ごとの景色をこうやってスケッチしてるのよ。子供がいない分、お気楽に、あちこちにね。でも、人を描いてみたいと思ったのはあなたが初めて。桜の下にいる姿が、とても絵になると思ったの。──ねえ、ハルちゃん」
わたしが春美と名乗ると、サクラさんはわたしを「ハルちゃん」と呼ぶようになりました。それは、何だかちょっとだけ特別な響きでわたしの耳に入って来ました。
「桜が散るまで、わたしはここで桜の花を描いているつもりよ。だから、あなたさえ良ければ、時々ここでモデルをやってくれないかしら? もちろん、お礼はするわよ」
気がつけば、わたしはサクラさんの絵のモデルになることを承諾していました。
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