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「わたしが男の人とそういうことをしたのは、今のあなたより若い、まだ中学生の頃だったわ」
サクラさんは、淡々と話し始めました。
「相手はわたしより二十歳も歳上の人だった。その時は愛されていると思ってたわ。……その頃のわたしは今よりずっと若くて、ずっと愚かだったから」
その男性は、避妊ということを全くしなかったのだそうです。彼と関係を続けるうち、やはりと言うべきか、サクラさんは妊娠してしまいました。
「わたしの妊娠を知った途端、あの人は逃げ出したわ。後でわかったことだけど、あの人には他に奥さんと子供がいたのよ。わたしはただの遊び相手で、いつでも放り出せる存在だったの」
「ひどい……」
「そう、ひどい男だった。そんなこともわからずに、熱を上げてたのよ。残されたのはわたしと、お腹の子供だけ。……この子には罪はないからわたしは産みたいと思ったけれど、母子家庭だったわたしの家には、赤ちゃんを産み育てられるだけの余裕はなかったわ」
それでも、サクラさんは迷い続けたのだそうです。お腹がそれほど目立たなかったので周囲には上手く隠し通せていたそうですが、親に知られた時にはもう中絶も出来ない時期にまで来てしまっていました。
結局、サクラさんは子供を産むしかありませんでした。
「その子は……」
「もういないわ」
と、サクラさんは答えました。
「もう、わたしの元にはいないの」
それが何を意味するのか、その時のわたしに はわかりませんでした。どこかにもらわれて行ったのか、それとも育てられずに養護施設などに行くことになったのか、もしかして亡くなってしまったのか。サクラさんは、それには答えようとはしませんでした。
「……ねえ、ハルちゃん。経験から言うけど、ハルちゃんが真摯に自分の不安を訴えてもまだそういう行為をしようとするなら、そんな男はハルちゃんを大事にしてくれないわ。一緒にいてもいいことなんか何もない。それでいいのか、よく考えて付き合うことね」
サクラさんの言葉に、わたしは考え込みました。わたしは一体どうしたいのか。彼は信用出来る人なのか。
サクラさんは、わたしのいない桜の木をひたすら描いていました。そろそろ桜は散り始めていました。
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