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窓に歩み寄りカーテンを開けると、空は薄曇りで、一面、青みがかった灰色で覆われていた。まるで引き戸にぶら下がっている体操着みたいな色だった。
「何なら1週間ぐらい雨が降り続けばいいんだ……」
めぐみがぽつりとつぶやいたとき、足音に続いて壁をノックする音が響いた。反射的に振り向くと、部屋の入口には誰もいない。
めぐみは窓辺から離れて、廊下のほうへちょこっと顔を出すと、パジャマ姿の久米さんが立っていた。
「おはよう」
と言って腰をかがめた久米さんは、めぐみの顔に視線を合わせ、こう続けた――
「たぶん空は姫たちの味方だ」と。
「はっ? ……味方って? 今日は雨、降らないって、ゆうべの天気予報で言ってたけど……」
めぐみは逆さ吊りになっているてるてる坊主をちらっと見あげた。
「うん。きっと降らないよ。だから味方」
「それならどうして、これ、逆さまなの? 降って欲しくてそうしたんじゃないの?」
「確かにゆうべまでは降って欲しいって思ってた。けど、今は気が変わったんだ」
「何か意味わかんない……」
「だって、姫たちの組体操、見られないのは残念だもん」
久米さんはそう言うとすぐに、
「はい、これ、戸田さんの衣裳」
てるてる坊主を取り外してめぐみに手渡した。
戸惑ってしまっためぐみは手の置き場に困っていると、
「大丈夫、今度はこっちが叱られる番だ!」
久米さんは自分の鼻の頭を指さすと、おととい母に叱られたときと同じように、めぐみの頭をわしゃわしゃと撫でた。
頭皮に伝わる手の感触があたたかくて、てるてる坊主の笑顔が少しだけ滲んで見えた。
てるてる坊主を受け取っためぐみは、久米さんの顔を上目遣いに見た。
久米さんの眼差しが、防災頭巾をそっと落としてくれたときの戸田さんのそれと重なって見えた。
「コレ、頭のかたち、ちょっとヘン……」
鼻をすすりながら、いたずらっぽく言い返しためぐみの視線は、自然、引き戸の脇にある本棚へと移ろいだ。
グラグラの本棚しか造れなかった久米さんは、その数日後、どこからか連れてきたDIYの達人の指導のもと、見事、グラグラしない本棚を完成させたのだ……。
「……でも、ありがと」
今のめぐみに言えるのは、これが精一杯だった。
「うん」
けれどもめぐみは、目を細めてうなずく久米さんの顔を見て、心の中で誓っていた――
私、負けないよ。お母さんに叱られても、先生に何か言われても、もう大丈夫。だって、私には力強い味方がついているんだもん。
今はまだ、照れくさくて心の中だけでしか言えないけれど、いつか、必ず、声にしてみせるから。だから待っててね、「お父さん」……。
私は、今の私に勝って、もっともっと成長して、お父さんみたいにカッコイイ大人になりたいから。絶対になるから。〈了〉
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