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雪乃はチャラ男くんの言うように、受験のときのことは覚えていなかったのだが、ありのままに事実を伝えるのが悪いような気になってしまった。
その理由ははっきりとはわからなかったが、「めっちゃ嬉しかったし」というチャラ男くんの声が、このとき不意に頭の中に甦ったからなのかもしれない。
もちろん、その言葉の真意は不明ではあったが……。
返事に困った雪乃が黙ってると、
「んで、あんときラクダのシャーペン使ってたじゃん。俺もラクダ好きじゃん。それって萌えるじゃん。ちょっと気になっちゃうだろ、そういうのって。それに、髪の毛つやつやしてきれいじゃん。あ、あと、このあいだの遠足のしおりの挿絵もうまかったし、んでもって、井ノ部ちゃんの塩顔&えくぼ、俺マジで好きだし」
まさにマシンガントークだ。
が、言っている内容に信憑性があるのか、ないのか……。
こんな勢いでまくし立てられたら、どこから突っ込んでいいのやら。
――というのもあるけど、陰キャの人間にしてみれば、ゆっくり話してもらったとしても、どこから突っ込んでいいのか迷う展開だ。
……ああ、ひょっとしてここは二次元か?
漫画やアニメの世界ならばありがちな展開とも言えるが、いやいや、ここは三次元だよなあ。
チャラ男くんも、そして自分も、立派に立体的なのだから。
だったら何なんだろ、この感じ。
自分にはまるで縁遠いはずのリアル恋愛臭がプンプン漂っているこの独特の感じは……。
けれども、白馬の王子様なんて自分の前にあらわれるはずはなく、恋の花などひらくはずもないのだ。
だから目の前にいる男は、言うなれば贋王子。
えっ……。
贋って?
なぜに……化ける?
その目的がわからない。
もしかすると、嫌がらせをするよう種元さんからそそのかされた、とか?
もしくは、詐欺かマルチ商法に引っかかる一歩手前だったりして?
雪乃の戸惑いは強くなっていくばかりで、発するべき言葉が見つからなかった。
思考回路が完全に封鎖されてしまったらしい。
撃沈。
白旗。
ご臨終。
チーン。
雪乃の頭の中で、ばあちゃん家の仏壇の鈴が鳴った。
とにかくこの場から一刻も早く逃げ出したい――
そしてフライしたい、二次元の世界へと。
体はこの場所にあるのに、魂がどこかへ行ってしまったみたいな感じがして、雪乃はまるで抜け殻だった。
そんな雪乃を覚醒させたのが、
「堂々と持ってくりゃいいじゃん、そのリュック」
というチャラ男くんのひと言だった。
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