3人が本棚に入れています
本棚に追加
新しい校舎、新しい制服。
正直まあ、これらはどうでもいい。
大事なのは新しい通学カバンなのだ。
ずっと欲しかったハンドメイドのリュックサック。
高校生が持つにはちょっと高価なブランド物のリュックサック。
ふたの部分が薄茶色の革でできていて、ヒトコブラクダの柄が彫り込まれているそれに一目ぼれしたラクダ好きの雪乃は、母におねだりして高校の合格祝いに買ってもらったのだ。
やっと手にしたお気に入りのリュックサック。
毎日これが背中にあるから、さしておもしろくもない学校にも足が向くのだ。
新生活が始まって3週間が過ぎていたが、もともと人づきあいが苦手だった雪乃は、クラスメイトとは必要最小限の事務的な会話をかわすくらいで、友達と呼べる人ができずにいた。
雪乃はアニメオタクであるうえに、全体的に地味目の容姿は可もなく不可もなくといった感じだったから、いわゆる「陰キャ」と呼ばれる部類に属する人種として扱われていた。
もちろん、中学時代に引き続き、彼氏やボーイフレンドなどという存在とは無縁の生活を送っている。
もっとも雪乃自身も、新しい環境に身を置いたからといって、急にコミュニケーション能力やおしゃれ力が高まるわけでもないだろうからと開き直っているくらいなので、半ば自虐的にその状況を受け容れてもいるのだった。
ぼっちはぼっちで案外気楽なものなのだ。
LINEもしなくていいし、噂話に翻弄されることもないのだから。
中身のない、メレンゲみたいなふわついた会話をするくらいなら、ひとりでいたほうが100倍マシだ。
不毛な会話に振り回されるのなんて時間の浪費以外の何ものでもない。
そんなことをするくらいならば、好きなアニメのキャラのことを思って妄想に耽りたい。
友達も彼氏も必要ない。
そういう概念はリア充たちの領域にのみ存在するのであって、日本の人口問題に関しても彼らに任せておけばいい話なのだ。
自分は二次元の世界にさまよい続け、そして埋没したい。
負け惜しみでも何でもなく、これが雪乃の本音だった。
だから耳を疑った。
ゴールデンウィークが明けた直後、リア充の代表格のような、同じクラスの種元さんにこう訊かれたときには――
「井ノ部さんって、1組の湖城くんと付き合ってんの?」と。
最初のコメントを投稿しよう!